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9 充電してもらえませんか
しおりを挟む前日長く寝倒していた割りには、ちゃんと寝られた俺は、自分で思っていたより図太いのかもしれない。
朝、ベッドから抜けて、夜中開けておいてもらったワイドビューな窓から外を眺める。
シルエットだった山々が、その向こうから昇ってくる朝日に照らされて姿を取り戻していくさまはこの世界でも同じだ。
希望が湧いてくるよね!!
…いや、そうでもねーな…。
俺は異世界ぼっちという状況の己を鼓舞しようとして秒で失敗した。
朝日は美しかったが、別に慰められたりとか勇気が湧いたりとかは無かった。
「…ふむ。」
実はワンチャンあるかと思ってた。
寝て起きたら、変わった夢見たな~アハハ、って事になったりするんじゃないかとか、考えてた。
甘かった。
起きても異世界は異世界だったので、俺は溜息を吐いて窓辺の椅子に座った。
昨日、受け入れた筈だったのに、未だ希望を捨てていなかった未練がましい自分にうんざりした。
「…授業、どうしたかな…。」
あの"俺"が、俺の代わりに出勤なんかする訳じゃなし。出勤してこない俺に、連絡を入れたんだろうか。
無断欠勤でも3日やそこらくらいだと、動かないかもなあ…と思いながら、アッと思い出した。
俺、リュックとスマホ、どうしたっけ…?
「あの、、、」
立ち上がって、隠月を探して呼ぼうとした時、既に足元に控えられててビビる。
いやマジでどっから。突然だから心臓に悪い。
宇城は慣れてるようだったけど、この世界ってこれがスタンダードなのか?
心臓弱い人とかお年寄りとか、危なくない?
俺はドキドキする心臓を押さえつつ、隠月に聞いてみた。
「あの、俺の所持品とか、聞いてません?」
すると隠月がススッ、と差し出して来たのは俺のスマホ。あれ、リュックは?
「これだけでした?」
「はい、それだけだと。」
「そう、ですか…。」
スマホは既に充電が切れたようで、画面は真っ暗で、どうしたって起動しなかった。
あの世界に居た俺の、唯一の持ち物。
起動しないスマホを見ている内に、何だか泣けてきた。当たり前に見ていたネットの動画も、画像も、LIMEのトークやメールや通話履歴も、もう見られない。俺とあの世界を繋ぐ物は無くなってしまった。
スマホはスーツの上着のポケットに入っていたから持ってたんだろう。
リュックは…あ、リュックは未だ背負ってなかったわ。
コンビニ袋のゴミを片手に持って、リュックは片方だけ肩に引っ掛けただけで、俺はあの場に立っていた…。
俺はそう思い出して、多分アイツとすれ違った瞬間かその直後に落としたんじゃないかと思った。
リュックはあの世界にそのまま。もしかして、あっちに逃げた"俺"が持って行ってたりして。
あの中には財布が入ってて、身分証もある。運転免許も、そこには住所も。
もしアイツが持ってってたら、部屋だってわかるんだよな…。言葉や文字が同じなら、辿り着ける。
俺の今迄の人生の全てが、乗っ取られて、アイツは俺として俺の人生を生きていける。
だって、顔も体も、俺なんだから…。
ゾクッとした。
他人がなりすませば何時か誰かが気づく事もあるだろうが、別次元の人間とはいえ俺本人なんだから、気づかれる筈がない。
遺伝子情報だって、同じ筈なんだから…。
「…でも、もう別にいっか…。」
どうせ戻れる事は無いんだった、と思い出す。
もしアイツが俺の人生を拾って有効活用するなら、それでも良い。俺が行方不明扱いになって、アイツも身元不明で生きるよりはマシだろう。
あの俺はこっちの俺より頭が良さそうだから、世渡りも上手そうだけどな。
俺は多分、もう自由には生きられないだろうが…。
すっかり明るくなった外の景色を見ながら、俺の心だけが暗く沈んでいく。
朝食を一緒に、と部屋に来た宇城に、こっちでの俺の家族構成を聞いてみた。
宇城はティーカップを左手に持ちながら、
「大学教授のお父上、教員のお母上がご健在です。」
と答えた。
そうか、ちゃんと生きてるんだ。良かった。こっちの俺にも家族はちゃんと居て、そしてやっぱり教師だった。父が大学教授ってのは、ちょっと違うけれど。
「しかし、」
宇城が少し言い淀むように続ける。
「関係はあまり、よろしくないように伺っております。」
「え…そうなの?」
「何せこちらの貴方は、跳ねっ返りでしたから。
厳格なお父様とは合わなかったのでしょうね。」
「あー…なる。」
本当に世界が違うと性格迄違うのか。
俺は父には反抗なんかしなかったから、それなりに親子仲は良かったんだけどな。
「ご両親に会われたいのですか?」
そう聞かれて、口篭る。
会いたいのは多分、顔を見て、両親は同じだと安心したいからだ。
少しでも精神的安定材料が欲しいからだ。
せめてスマホの画像が見られたら、里心もマシになりそうなんだけど。
「お会いになりたいなら、連絡を取りますが。」
「…ううん、いい。」
会っても、普通には話せないだろう。俺はあの"俺"が生きてきた人生を知らないんだから、親子の会話も出来やしない。
「あ、」
そうだ、と思いついた。
この世界って、何だかあっちより科学も進んでる気がする。スマホを充電する方法は、ありそうじゃないか?
使えはしないだろうが、画像とか入ってる情報が見られるようになれば、それだけでも気持ちが落ち着く。
俺は宇城にスマホを差し出して、頼んでみる事にした。
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