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7 今のところ優しさしか見えない
しおりを挟む「ちょ、え?」
「あ、以前言った事を知る訳がありませんね。
とにかく、此方の貴方を召し上げた時にはそんな話をしていたのですよ。」
耳を疑うような話を、そんな穏やかな微笑みで言われても。
「いや、え?だって、男…あの"俺"もこの俺も、男…、」
混乱して何だか言い回しがややこしくなってきた俺。
それに宇城は不可解そうに眉を潜めた。
「男?が、何です?」
「や、だから…男なのに男の宇城の嫁さんになるの?」
そう言ってから、ハッとした。もしかしてその辺は違うのか?
元の世界だって、多様性を尊重するって事で同性婚が認められつつある国や地域はあったと思い出した。
もしかしてこっちの世界はその辺が既に進んでる?
「男なのに、とは?」
「あ、いや…、」
「もしかして、そちらでは同性同士は婚姻が不可なのですか?」
「あ、いや…徐々に認められつつある、というか…過渡期というか?」
それくらいの説明しか出来ない。
今迄の人生であまりLGBT問題を重視した事が無くて、同性愛者の友人や知人がいるにはいたが、性嗜好は個人的な問題だと思っていたし、自分とは無縁だと思っていたから。
それが今、まさに自分自身の問題として直面する事になるとは思ってもみなかったからさあ…。
そうか、こっちではそういう部分もだいぶ事情が違うんだな。
只の異世界人に過ぎない俺がそれを否定出来る訳もなくて、押し黙る。
……あ、いや待って?!
だからって俺が黙って男の嫁になるのは別問題じゃね?それに現状婚約者がいるんだよな?
しかも従姉妹姫って言うからには女性なんだよな?
何故それを押し退けて!!わざわざ男の俺を!!娶る!??
そう思ったら口にしてしまっていた。
「つか嫁って、それ俺が引き継ぐのおかしくない?何で?」
すると、宇城は苦笑して言った。
「それは、私の心を騒がせるのが桐原先生だけだからです。」
狡い言い方だ。貴方、じゃなくて"桐原先生"ときた。
「それは、逃げた方の俺だろう。」
俺は必死だった。
庇護の手は必要だとしても、嫁になれは話が飛躍し過ぎじゃん。
でもそれ知って、納得もした。
この状況じゃ、そりゃ逃げるよな。しかも調教されてたって事は、この宇城にはそういう加虐嗜好があるって事かよ。それ迄引き継がされるなんて、メリットがあるのは逃げた方の俺だけじゃん。こっちは割りに合わない。
けれど宇城は、必死な俺の問いに平坦な声で答えた。
さっき迄とは違い、物わかりの悪い俺に言い聞かせるような、圧を含んだ声色で。
「何度も言わせないで下さい。
"私が"、貴方が良いんです。」
「そんな、横暴な…。」
絶句しそうになったが、やっとその言葉だけを絞り出す。
宇城はそれに片眉をピクリと動かし、最初に会った時のように口角だけを上げる笑いを作って言った。
「それ以上仰るなら、私も貴方に対する扱いを変えねばなりません。
私はそれでも良いのですよ?私はね。
…しかし、気の強かった"彼"すら逃げてしまうような元のような事が、貴方に耐えられるものでしょうか。」
「是非嫁にして下さい。」
俺は未知の恐怖と圧力に負けた。
しかしそうなると、問題は罪も無いのに婚約を解消されるという従姉妹姫という女性である。
聞けば、7歳の頃からの許嫁だったとか。既に10年選手じゃないかよ…。
そんな長きに渡る婚約を俺のせいで反故にするなんて、俺の良心は針で刺されまくったように痛むのだが。
そんな事をオブラートに包みながら言ってみたのだが、従姉妹とはお互い話がついていて、ごねているのは従姉妹の母親である公爵夫人のみであると告げられた。これは詰んだ気がする。
公爵夫人。つまり俺の操は宇城の叔母にあたるご婦人一人の頑張りにかかっているのか。…めちゃくちゃ頼りなさそう。
「従姉妹には何年も前から想う方がいるのですよ。」
そこ迄聞いた時、俺の腹が鳴った。
20時間近く何も入れずに寝ていたんだから、仕方ないんだけど恥ずかしくて少し顔が熱くなった。
宇城は微笑んで、
「灯り。」
と発した。
昼間、窓を展開した時に消された照明がぱあっと点いて、部屋中が明るくなった。
「夜景を見るには邪魔ですが、食事を取るには必要ですよね。」
宇城はそう言って、
「食事を。」
と小さく口にする。
すると瞬時に壁にドアが出現し、数人の男女がワゴンのような物で食事を運んできた。
おかしいよね。瞬時だよ?
魔法?調理時間や準備時間は?
我慢出来ず、この世界には魔法があるのかと聞くと、
「まあ、そんなものですよ。」
と微笑むだけの宇城。
それに俺は一気にテンションが上がった。
魔法?マジで魔法?魔力のある世界?
リアル世界と基本はそう変わらないと思ってたけど、実は2次元要素があるのだろうか。
なら俺も認識を改めなきゃならないんだが。wktk。
考えている内に長いテーブル席が用意され、卓上には食事が並んだ。
本当にどっから出たの?そのテーブル。
そして俺の前には海鮮粥のような…いやこれ海鮮粥だな。それが置かれた。
(え、これだけ?)
宇城をちらりと見ると、にっこり微笑まれて、
「長時間入れてませんから、まずはそれで胃を慣らしましょうね。」
と言われて、流石の気遣いに何も言えなくなる。
もしかしてこの宇城、めっちゃ出来る奴なのでは。
「それを召し上がってみて大丈夫そうなら、他もお召し上がりください。」
「…ハイ。」
幾つも歳下の生徒に管理される教師ってどうなの…。
俺はレンゲで少しずつ冷ましながら海鮮粥を啜った。
凄く美味かった。
その後、卵料理を少し食べて、食事を終了。
実は春休み中の多忙さもあって、最近ロクな食生活ではなかった。胃が小さくなったのを実感してしまった。人間、あんまり忙しいと食欲って忘れるジャン…?
食事が終わって、給仕の人達が片付けて引き揚げて行った後、俺は宇城に手を取られ、ベッドに連れていかれて、手首を始めとして体のあちこちをしげしげと確認された。
そして言われた。
「食事の管理も必要なようですね。
身長の割りに痩せ過ぎです。もう少し体力をつけていただかないと。
途中で音をあげられては困ります。」
「…途中?何の?」
「勿論、性交に決まっているでしょう。」
「……。」
聞かなきゃ良かった。
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