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5 涙
しおりを挟む熱くなった目尻に涙がたまるのがわかったから、せめてそれを零すまいと耐えた。でも無理だった。
流れ落ちそうな程に溜まったものが引っ込む訳がない。
俺の頬には涙が伝ったし、それは顎から滴り落ちた。
そして宇城はそんな俺を見て、目を丸くしている。
でももう、大人なのに恥ずかしいとか、教師なのにとか、そんな事を考える気持ちの余裕がなかった。
帰れない。帰り方なんかわからない。
宇城に捕まってこんな城なんかに連れてこられて、これからどんな扱いになるのかもわからない。
この世界の皇族って、俺が知ってるほんわかしたイメージの皇族とは違って、超特権階級みたいじゃん。
しかも照明や窓の操作(と言って良いのか…?)を見てて感じたけど、この様子だとこの城のセキュリティシステムもかなりのものなんじゃないのか?
それを掻い潜って何度も逃げたって、あの"俺"は、どんだけバイタリティ溢れてんだよ。
俺には無理だ。ずっと親や周囲に流されるままに生きてきた俺には、そんな芸当は出来ない。
「…俺、俺は…ただ、公園で飲んでただけなのに…何も悪い事なんか、してねえ…っ。」
言ってる内にどんどん悲しくなってきてしまって、本格的に泣けてきた。
年甲斐もなくしゃくり上げてしまって、それが止められない。
その場にへたり込んで、幼い子のように泣いた。
恥も外聞もなかった。
だって俺は、この世界で俺だけが、異分子でひとりぼっちなのだ。
俺は自分を哀れんで泣いた。明日をも知れぬ身の上になってしまった事を嘆いた。
俺を見下ろしている宇城が何を思っているかなんて、知った事じゃなかった。
けれど。
「本当に、貴方は全然違うな…。」
何時の間にか俺の前に宇城が屈み込んでいた。
例の、哀れんでいるのか、面白がっているのか、よくわからない表情を浮かべて。
きっと両方なんだろう。
俺はこの宇城に、あの宇城とは全然違う恐怖を感じていた。
同じ顔の同じ人間なのに、中身は全く別人のようだ。
いや、別人と思って接した方が良いんだろうな。
俺自身の事でさえ、この世界の俺とは聞いてるだけでも全く違う人間の事のようなんだから。
俺は絶望していた。
不意に、何かが頭に触れた。
また俯いて泣いていた俺は、思わず顔を上げて、その何かを確認しようとした。
それは手だった。
宇城の手が、俺の頭を撫でていたのだ。
慰めてくれているのだろうか、と俺はまじまじと彼を見た。だが。
「貴方はそんな顔で泣くんですね、先生。」
そう言った宇城の声は優しくて、表情は、恍惚としているように見えた。
触れてくる手も顔も声も優しいのに、俺は何故か背筋がゾクゾクして涙が止まってしまった。
覗き込んでくる瞳の強さ。
宇城はこんなに綺麗な目の形をしていただろうか。
涙の止まった俺を見て、宇城は微笑んで抱きしめてきた。青い、控えめな光沢のある服が微かな衣擦れの音を立てる。
「貴方は私が守りますよ。」
頭上からそんな言葉が聞こえてきて、俺は耳を疑った。
さっきは調教を企んでたみたいな事を言ってたの、俺は忘れてないぞ。
顔と体がどうのって言ってたのも。
「今度は俺を調教するつもりなんだろう。」
俺がぼそりとそう言うと、宇城はクスッと笑ったようだった。
「流石に混乱している異世界の人間にそんな事はしませんよ。」
「…嘘くさい。顔と体さえあれば、ってさっき言ったじゃないか。」
「…結構言いますね、貴方も。」
宇城はまた笑っているようだ。自分を抱きしめる胸元の振動からそれを感じ取って、俺は少し落ち着いてきた。
何だろう、こんな得体の知れない怖い奴なのに、人の体温に安心している自分がいる。
「貴方を見ていると、何故だか不思議な気分になります。」
俺の背を撫でる宇城の声は静かだった。
「同じ姿なのに、同じ扱いを躊躇してしまうのは本当に不思議ですね。彼は何をしても大丈夫な気がしていたのに、貴方には調子を狂わされそうだ。
罪悪感というのは、こんな気持ちなんでしょうか。」
罪悪感を知らずに生きるのを許されてきた人種なのかと知ると、改めて危険を感じるな…。
「…大人なのに泣いたからか?悪かったな、みっともなくて。
でも君だって同じ状況になったらわからないぞ。」
俺がせめてもの憎まれ口をたたいて宇城を見上げると、宇城が息を飲んだのが伝わってきた。
俺もこれだけ至近距離で宇城の顔を見て、少しドキリとはした。宇城の肌は綺麗で、やはり思いの外顔立ちは整っている。
目が細く切れ長だからあまり目立ちはしないだけなのだ。
一度始まった胸の動悸はなかなかおさまらない。
同性の生徒と接近したくらいで、動揺する方がおかしい。そう思って落ち着こうとした。
それなのに、何故かそのまま近づいてくる黒い瞳。
俺と宇城の距離はとうとうゼロになってしまった。
俺の唇は今、8つも歳下の男子生徒に奪われてしまっている。
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