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2 捕まった
しおりを挟む呆気に取られ立ち尽くす俺。
向こうから走って来るのは、紛れもなく俺に見えた。それ程に似ていた。
少し相違点があるとするならば、服装か。
シャツの形が、見慣れない。
俺が着た事が無いような、こう…白いヒラヒラしたような生地で、ビッグサイズを腰で細い紐で結わえて締めたような、そんな服。
下もピッタリした細い黒いパンツで、未だこの季節だってのに、シャラシャラ装飾のついたサンダルのような履き物。
何て表したら良いんだろう。……中世ヨーロッパ風と、ギリシャやローマ風衣装を足して割ったような…。
しかしこうして見ると、俺ってあんな感じのファッションも悪くないのな…と思いつつ、ボーッと突っ立ってた俺は大間抜けだ。
(最初に空きっ腹にチューハイ流し込んだから、早く酔いが回ったのかなあ。)
俺はそれを、酔いが見せた幻覚か、夢だと思ったんだ。公園にいるつもりでいたけど、実際はもう酔っ払いながらも家に着いてて、寝ちゃったのかなって。
夢の中で夢に気づいてる時って、あるだろ?
ところが、見ている間に俺のそっくりさんは、もう5mくらいの距離迄近づいてきていた。
そして、しっかり目が合った時。
ソイツが、ニヤッと笑った。
瞬間、ゾゾゾゾゾッと得体の知れない悪寒。
自分のドッペルゲンガーに会うと死ぬ、とかいう話を思い出した。
え、あれ?夢じゃないかも、この臨場感。
これ、俺かなり不味い状況なんじゃないだろうか?
しかも何故俺に向かって来る?会うどころかぶつかりそうだぞ。と、今更ながら慌てる。
逃げるべきか?でももう無理だ、とにかく避けよう。
俺はスッと横に避けようとしたが、間に合わなかつた。
「後はヨロシク。」
突進してきたソイツとあわや接触、と思った瞬間、その"俺"は、確かにそう言ったんだ。
至近距離で見た肌のキメや瞳の虹彩迄しっかり見えた。
そして、ソイツは、俺の体をすり抜けた。
すれ違った瞬間、何か独特の、良い香りがした。花のような、香のような…。
「……あれ?」
何秒も経ったのか、一瞬だったのか、公園内はしんとして、俺以外の気配は無かった。振り返ってみても、あの俺はいない。
俺はまたしてもぽかんと佇んで、狐か狸に化かされたのかと、同じ場所でぼんやり佇んでいた。
すると、ガヤガヤとさっきの"俺"が走って来た方から、数人の男の声と足音がしたので、そちらを見た。
「……なんだ、あれ…。」
揃いの黒い衣装を着た7、8人の男達が俺に気づき、速度を落とす事無く走って来て、俺を取り囲んだ。
素人目にも無駄の無い、訓練された動きだ。
ああ、あの"俺"はコイツらに追われていたのか、と合点がいった。
そしてどうやら俺ほアイツに間違えられているのだ。
しかし俺は俺であって、あの俺のそっくりさんではない。
それをどう理解して貰おうかとそいつらを見回していると、後ろからもう3人程が、ゆっくり歩いて来た。
この時点で俺は真っ青になっていたと思う。
どうやらこれが本格的に夢ではないという事を悟ったからだ。
ゆっくり追いついてきた3人は、若い男3人だった。
正しくは、顔を薄い黒布で隠した、深い青い衣装の男と、その左右の後ろを守るように付き従っている、黒衣装の2人の男だ。
日本の衣装とは思えない。さっきの"俺"のそっくりさんが着ていたものともテイストが違う、少し中華風というか、韓服っぽくもある。
青い衣装の男は、未だ少年のようにも思えた。
状況からすると、この中で一番力のある人間なんだろうと思うが、彼に話せば違う人間だとわかってもらえるだろうか。
「あの、」
俺が彼に向かって言葉を発した途端、いきなり長い棒のような物が目の前に交差してヒヤッとする。
そんな長いのさっき迄誰も持ってなかったじゃん!と、若干涙目になる俺。
体が硬直して、二の句が告げない。
「……外せ。」
青い衣装の彼の声で、瞬時に目の前を遮っていたものが引かれたが、俺は訳が分からずその場にへたり込んでしまった。取り敢えず日本語である事に若干安心はしたが、それにしたって得体が知れな過ぎる。
青い衣装の男は、そんな俺のだらしない姿を見下ろしている。薄布の下から見えている唇は口角が上がっていて、笑っているのがわかった。
そして、彼は言った。
「追いかけっこも飽きたでしょう。
そろそろ帰りましょうか、先生。」
「え、」
俺は彼を見上げたまま目を見開いた。聞き覚えのある声だ。誰だっけ…。
それに彼は今、俺を先生と呼んだのか?
でも俺は、こんな奇妙な連中なんか知り合いにはいない。
まじまじと見ていると、青い衣装の彼が口を開いた。
「乾、許す。先生を車迄お運びしろ。」
「はい。」
「え、」
運ぶ、って……と思う間も無く、後ろから回ってきた手に何かで鼻を覆われた。
何か良い匂いがする、と思った瞬間、意識が暗転して
…、その後の事は覚えていない。
気がついたら広い部屋の中、大きな寝台の上に寝かされていた。
目を開いた時、未だ夢から覚めていないのかと思った。
暫くぼんやり見ていたら、やっと目の焦点が合ってきて、見上げているのが知らない部屋の知らない天井だと気づいた。
気を失って寝ていたからか、灯りを落としてくれているようで、薄暗い室内。目だけを動かして観察する。
白い壁に黒い柱、黒い格子、赤い幕。
装飾品も赤が多くて、慣れないから目がチカチカする。
「……どこだ、ここ…。」
思わず口をついて出た疑問。
日本、か?
そう思うには、違和感があるような気がする。
漂う薫りは香だろうか。
顬が痛む。
俺は起き上がって、額を押さえた。
何がどうなって自分がここにいるんだっけ、と思い出そうと頑張ってみた。
確か、仕事帰りに公園で一人で飲んで、帰ろうとしたら…
そうだ、帰ろうとしたら俺とそっくりな奴が走ってきて、消えた。
そしたら黒い衣装の連中が来て、俺をアイツと間違えて…。
あの、俺とそっくりだった男はあの一瞬で何処へ消えたのか。
『後はヨロシク。』
とは、どういう意味の言葉だったんだ。
アイツは俺が自分の代わりに捕まる事をわかってて言ったんだろう。
追われていて、それであの言葉。嫌な予感しかしない。
現に、こうして厄介そうな事に巻き込まれている。あんな変な連中に捕まった。
(あんにゃろう…。)
アイツは何者だったんだ。
本当に俺のドッペルゲンガーだったとでも言うのか。
何故あんなに俺に似ていたのか、追われていたのか、何一つわからない。
俺は溜息を吐いた。
「どうしました、先生。水でも飲ませて差し上げましょうか?」
突然、何処からか響いてきた声に、俺は心臓が止まりそうな程驚いた。
目を凝らしてみると、昏い部屋の隅に置かれた椅子に座っている誰かが見えた。
その声には聞き覚えがある。
気を失う前に耳にした、あの青い衣装の男の声だと思った。
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