ドS皇子が婚約破棄までして歳上教師の俺に求愛してくる

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その日は朝から一日中、妙な違和感があった。
何時もと同じ日常の筈なのに、現実味が無く、浮遊感を感じるような。

それでも一日の仕事をきちんとこなし、少し残業したらもう20時前。
今日も疲れたな~、と椅子に座ったまま伸びをしてから帰り支度を整えて退勤。

また明日も朝7時過ぎには出勤しなきゃならない。早く帰って寝なきゃ、と思うのに、最寄り駅に着いて直ぐのコンビニで、缶チューハイとつまみを買ってしまった。

帰り道にある公園の、ほんの少しだけ花を残した葉桜が。ついついチューハイを開けてしまう。
どうせもうアパートは目と鼻の先。
新学期が始まる前迄本当に多忙で、桜なんか見る余裕すら無かった。少しくらい、花見気分になっても良いだろうと、そう思って。

少しの風でハラハラと舞い落ちてくる薄いピンクの花弁は、何処か儚くてこの世のものではないみたいだ。

街路灯の明かりに浮かび上がる葉桜をぼんやり見上げながらゆっくり歩く。

未だ夜9時前なのに、郊外であるこの辺りは、通行人も疎らで、静かだ。
暫くフェンス沿いにある桜の木を見ていたんだけど、どうせなら本格的に花見酒と洒落込もうと思い、公園内のベンチでボッチ宴会をしようと考えた。イマジネーション花見だ。

つまみも2種類買ったし、ほんの少しの間だけ…。


俺の名前は桐原 七晴(ななせ)、25歳。

私立男子高校の、男性教諭である。

正直、今の仕事、キツい。
やたらやる事多いし多忙だし、向いてないと思う。

でも俺の実家は曽祖父の代から教育関連の仕事についていて、祖父も伯父も父親も、母親も教師だったから、父親に逆らえない俺も何となくそのレールに乗る感じで教員免許を取り教職についた。
正直、もっと自分の個性を活かせる世界があったんじゃね?と思わなくもない。いや寧ろ、その気持ちは日々大きくなっていくような…。
幼少期から学生時代迄、常に周りを女生徒達に囲まれ、まあまあチヤホヤされて生きて来た俺に今の職場は苦行過ぎる。
時間無さ過ぎて元カノとも別れたし、日々に潤いがひとつも無い。
職場の上司や同僚達も、男性が多くて、女性と言えば倍くらいの年齢の既婚者や学食のパートのご婦人方くらいだ。まあ、良いんだけど。


親を見てきて感じていた通り、教師の仕事は普通の会社勤めより拘束時間は長いと思う。
これはもう、短大に進んで保育士として一足先に社会人になった元カノからも、やる事多くて就労時間長くて薄給!なんて愚痴を聞いてたくらいだから、教職に就いた者の宿命なんだろうか。
まあ、それは仕事だし仕方無いと割り切れる。
生徒達は結構友好的だし、それかりには慕われてると思う。
…男ばっかりだけど。
告白される事もあるけど、男子生徒しかいない世界。
これが女子校だったらな~とその度に思うのだが、それはそれでまた別の葛藤と問題が生まれそうだ。

未成年の教え子に手を出したらエラい事になるってくらい、俺だってわかる。
最低限のモラルくらいは持ち合わせているつもりだ。


ゆっくり歩いて公園内のベンチに着いて、リュックに入れていたティッシュで少しその上をはらった。
座ってから、コンビニの袋を横に敷いた上につまみを開けて、爪楊枝で刺して食べながら月を眺める。
出来れば無心で一人の時間を楽しみたいのに、そうできたのは僅か数分。
直ぐに現実の問題が頭を掠めて来た。


今春から担任になったクラスには、少し気がかりな問題がある。

成績は良いが、何処か暗い雰囲気の宇城という生徒がいる。
一年時から、柄の良くない生徒達と折り合いが悪いと言われていて、もしかしたら虐めがあるのでは、とも言われている生徒だ。
他のクラスメート達ともあまり交流は無いようで、見る度にぽつんと浮いている。
俗に言う、陰キャというなんだろう。俺が学生の頃にも、毎回クラスに何人かは居た。
宇城は見た目は普通過ぎる程に普通で、平凡そのもの。身長も低くも高くも無く、その年齢ではごく平均。そして、黒髪に眼鏡。

別に人に不快感を与える程不細工という訳でもなく、寧ろ顔立ちは悪くない。
運動はそこそこみたいだが頭だって良いのに、何故あんなに暗いんだ。元々の性格なんだろうか。

担任になってから二度程、2人で対話を試みてみたものの、全く弾まなかった…。
そりゃそうか。新学期にいきなり担任に呼び出されて、和気あいあいと話せる筈がない。
しかも一年時にはよく知らなかった生徒だ。向こうだってそうだろうし、しかも陰キャなんだからな。

宇城は聞かれた事には答えはするが、言葉は少ない。
話をするのを嫌がっている素振りは無かったが、とにかくあまり話さない。めちゃめちゃ大人しい子だ。

嫌がらせはあるか、という問いにも首を振るので、それ以上は聞けなくなってしまった。

(まあ…たまに気にかけとけば大丈夫かな。)

結局、そんな感じに落ち着いてしまった。

けれど、俺が気にしているからだろうか。
ホームルームや授業中、宇城と目が合う事が多い気がするようになった。
そりゃ俺は教壇にいる訳だし生徒達は皆俺を見てるんだから当然と思うだろ?

でも違うんだよ。殆どの生徒はそんなにずっと俺を見てる訳じゃない。
授業中だって、見てるのは黒板だ。

だから目が合う事なんて早々無いんだよ。
一度や二度なら偶然あっても、そんなに何度もなんて無い。

だから少し、気になってはいた。
俺、何かやらかしたのか。それともやっぱり何か訴えたい事があるのか、って。

でもそれ以外は至って普通なんだよな。だから気にしても仕方無いんだけど。


「……帰るか。」

この季節とはいえ、未だ夜風は冷たく、少し肌寒くなってきた。。
つまみも尽きた事だし、と俺は袋にゴミになった容器を片付けて、帰ろうと立ち上がった。

その時だ。


忙しない足音が聴こえて来たのは。
誰かがランニングしてるのか。それにしては激しいな、とその音の方を見た。

切羽詰まったように走って来るのは若い男のようだった。
それも、全体的に何だか見覚えがあるような。

街路灯では未だハッキリとは見えなくて、俺はベンチから立ち上がったままそこに佇んで目を凝らしていた。

何かに追われるように走って来る男が、走りながら俺に気づいて顔を上げた。


見覚えがある筈だった。



その男は、俺だった。




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