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出原 祥、恋人の浮気相手に接触される

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僕は現在、七居の浮気相手の男前君と自宅のダイニングテーブルで差し向かいに座って食事をしている。

「…?」

何故こんな事になっているかと言うと…。

退勤を打刻して会社を出た僕は、何時ものように電車に乗って自宅マンションの最寄り駅で降りて、駅近くのスーパーに向かって歩いていた。食料品のストックがそろそろ切れるから、買いだめして帰ろうと朝から決めていたのだ。
七居が数日前に出て行ったから、また暫く家をラブホ代わりに使われずに済む事に安堵。
今夜は何を作ろうか。こないだ検索したレシピ、簡単そうだったから、新メニューに挑戦してみようか、なんて思ったりしてしまう。

足取りも軽く歩いていると、後ろから声を掛けられた。若そうな男の低い声。

「あの…。」

最初は僕に声を掛けられてるんだとはわからなくて、スルーしようと思った。
けれど、次の言葉で僕は振り向かざるを得なくなった。

「あの、サチさん。」

名字じゃなく、名前を呼ばれたからだ。ちょっと嫌な予感がした。
振り向くと、案の定だ。
ごく最近に見た覚えのある、精悍な顔立ち。
短い黒髪、目線は僕とそう変わらない。

「あ、君、えーと…七居の男前君?」

「ありがとうございます。」

「え、なにが?」

「男前って思ってくれてるんですよね?」

別に褒めた訳じゃない。
名前がわからないから便宜上そう呼んだだけなのに、男前君は頗る嬉しそうだ。
はて、変わった子だなと思いつつまじまじと見つめてしまう。すると男前君は何故か赤面。対人恐怖症か?

…いや、あの七居とあんな関係になれるくらいだからそんな訳無いか、と思い直す。

「伊藤 琉太です。」

「はあ。出原 祥です?」

通行人の行き交う道で立ち止まって自己紹介って、すごい迷惑では。

僕は道の端に彼を誘導して、何の用か聞いた。

「で、その伊藤君が僕に何か?」

まさかまた何時ものアレじゃないだろうな…と、僕は内心身構えている。
アレ…つまり、鉢合わせした七居の相手達からの接触、というプロセスだ。

何なんだろう。僕に牽制なんかしても意味なんか無い。今現在七居の興味は彼らに向いてるんだろうから、僕にアプローチ掛けるなんて妙な小細工なんかせずに、七居本人に働きかけたら良いのに。

『あの出原って人と別れて。』

とか言ってガッチリ七居のハートを鷲掴んでくれたら、僕も長年の煩わしさから解放されて万々歳なんだけどなァ…。
しかし現実は、そんな都合良くは行かないもので。

「俺、サチさんに折り入ってお話があるんです。
その…出来れば静かな場所で。」

「静かな…。カフェとか?」

「悪くないですけど、人目が気になりますね。」

「でも何処だってある程度は…。」

人目が全く無い場所なんて…と模索してたら、伊藤君がおずおずと口にした。

「ご迷惑だとは思うんですけど、少しだけお家にお邪魔するってのは…無理ですか?」

「ウチに?」

思いがけない提案に、少し考える。
ウチって…えー…ウチ?そんなにも込み入った話なのか?七居とのアレコレなら道端で十分じゃない?

ほんの数日前、リビングのソファで折り重なっていた伊藤君と七居の姿が脳裏に蘇る。
あの日、2人はちゃんとあの場を綺麗に片付けて、ソファカバーも替えていってはくれたけど…。

(まあ、今は七居も居ないし。話すくらいなら、問題無いか。)

確かにウチなら人目は無いし静かではある。何時もみたいに七居とどうこうって話なら直ぐに済ませて帰って貰えば良いし、別に何かあるのなら取り敢えずは聞こう。

「…スーパー寄ってからでも良い?」

僕がすぐそこのスーパーを指差すと、伊藤君はパアッと笑顔になった。  

「大丈夫です。俺、荷物持ちます。」

「あ、いや、そんなには…。」

いや待てよ。人手があるならこの際、米と油と発泡酒もダース買いしとくか?

「…じゃあ、頼もうかな。」

学生っぽい伊藤君は、すごく体格が良い。僕も体質なのか、それなりに筋肉質ではある方だけど、伊藤君の筋肉は体育会系な感じがするな。何か運動部に入っていたのかもしれない。
見掛け倒しの僕と違って、伊藤君なら10キロの米だって2、3袋は軽く運べそうだ。

「任せて下さい。」

伊藤君は、また何故か嬉しそうに笑った。




そんなこんなで買い物に付き合ってもらって、結構な量の荷物を運んでもらって、マンションの部屋に着いた。

「ありがとう。…あー、話あるんだっけ。」

話聞く場所を提供するだけにしては、かなり運ばせてしまった感がある。飲み物だけ出すってのも愛想が無いかなあ。
というか、僕がめっちゃお腹空いてる。

「これからご飯作るんだけど、良かったら一緒に食べない?
話なら食べながらでも聞けると思うし。」

「…良いんですか?」

伊藤君がびっくりした顔してる。最初に会った時を思い出すなあ。
そりゃそうだろうな。
自分の恋人の浮気相手とご飯食べようと思う人間がそんなに居ないだろうなってのは、僕でもわかる。
でも、僕と七居は恋人と言っても……と思ったところで、伊藤君が力強く返事をした。

「サチさんさえ良いのなら、いただきます。」

「う、うん?」

それにしても、何故この子は僕の事を祥さんって呼ぶんだろ?
七居が僕を呼んでたから名前を知ってたのはわかるけど、だからと言って祥さん呼びは関係性からしてちょっとどうなのか。僕、さっきフルネーム名乗ったよね…?出原さんって呼んでくれないかなあ…。
七居と親以外には呼ばれる事が無いからちょっと慣れない。

「あの、さ…」

「あ、俺も手伝って良いですか?小さい頃から家の飯作ってたんで、料理はちょっと自信あるんです。」

喋り出した途端に被せるようにそう言われて、何も言えなくなる僕。

「あ、すいません。何か言おうと?」

「…ううん、何でも。」

うん。何かもう良いや。どうせ今日以降は会わない相手だし。




ほんの30~40分程度で3品のおかずと味噌汁を作ってしまった伊藤君。僕は今日、味噌汁用の小鍋に水を張る事とカウンターに食材を並べる事くらいしかしていない。その後は伊藤君の手際の良さに目を奪われてしまっていたら、あれよあれよという間に僕が作る予定だった料理が出来上がっていた。それに遅れる事数分、炊飯器も炊き上がりの音が鳴った。
早炊きよりも早くおかずが仕上がってしまうなんて…。

僕はつい1時間前とは違う尊敬の眼差しで伊藤君を見つめた。僕なら同じ品数を作るのに倍は時間が掛かるのに。なんて凄い子なんだ、伊藤君。

は、まさか七居もそこに惹かれたんだったりして、と思わず考える。
いや、有り得る。七居は僕より炊事が苦手だ。生活能力のある人に魅力を感じる事だっであるのかも、なんて。

「凄いね、伊藤君。」

「そんな。これくらいは別に。」

僕の感嘆の言葉にまたしても頬を染める伊藤君。
本当に見掛けによらず赤面症なんだろうか。

「なんなら、これからもサチさんの為にずっと作りますけど…なんちゃって。」

「…?」

小声でごにょごにょ何か言ってるけど、それはよく聞こえなかった。


そして今、彼の作った食事を一緒に囲んでいる訳だが。

「美味しい…。」

「マジすか、ありがとうございます。」

「僕、何度作っても豆腐が固くなるんだよね。」

「あー、ちょっと加熱し過ぎちゃってるのかもしれませんね。」

味噌汁の豆腐の程よいプルプルに感激しながらそう言うと、伊藤君がアドバイスをくれた。なるほど。確かに他の料理を作りながらだから火をかけっぱなしにしがちだったかも。

「参考になりました。」

「どういたしまして。」

焼き魚のほっけも固くない。程よい焼き加減で箸を入れるとほろほろと解れる白身。

…もしかして伊藤君って、すごい良い子なんじゃ?(単純)

降って湧いた美味しいご飯を囲み、僕と僕の恋人の浮気相手の伊藤君は、ほっこりした時間を過ごしているのだった。


…ん?何で伊藤君、ウチに来たんだったっけ…?







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