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激動! 体育祭!

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三つ目の種目、力比べ。ルールは本当に簡単。
アームレスリング競技台──要するに腕相撲専用の台を使って腕相撲する。ただそれだけ。

グラウンドの中央、特にインターバルもなく競技台がポンと運ばれてくる。イブキが腕をまくったので、俺もそれに倣った。

「良いのかよ? 時間置かなくて」
「えい。もう小細工はせん。まったく向いちょらん」
「その通りだ。真っ直ぐぶつかる方がよほどお前らしいと思うぜ」

競技台の上に手を乗せ、組み合う。
俺ももう小ネタは出し尽くした。ここから先は、本当にただ力のぶつかり合いだ。

きぃん、と放送の入る音。周囲の雑音。観覧席の歓声、夏風が頬を撫でる感触、イブキの眼光の鋭さ。ぎゅうと込められた力。

『レディ──』

ぐ、と手を握りしめる。お互いに熱くて、溶け合うようだった。

『ゴー!』

一気に畳み掛ける。全身に力を入れ、左側に引き倒した。左は青陣営。少しでっぱってる枕に手の甲をつかせれば勝ちだ。
相手も同じことを考えているのだろう。鉄のように重い、硬い、やっぱこいつ馬鹿力だ!

「っぐ……降参っ、してもえいぜ、よ!」
「だっれっがっ! しんどいならっ、手加減、してやろぉーか!?!?」
「いるかぁっ、ボケ!」

2ミリ押し込めば4ミリ返される。真っ直ぐ戻し、2ミリ押し込まれて4ミリ返す。そういう攻防だった。会話もほとんどガキの喧嘩と言って過言ではない。俺の右手が相手の右手と組み合ってなかったら乱闘騒ぎになっていただろう。

「言うとくが! わしの利き手は! 左手じゃボケェ!!」
「はぁ~!? んなこと言ったら! 俺だって左手だわ!!」

大嘘である。
そしてイブキのこれも大嘘だ。喫茶店に来襲した際、ソーサーを右手で持っていたため。

「なんなら! 今日ちょっと腹痛いし!!」
「こっちは3日前から下痢やぞ!!」
「ハァ~~!?!? 俺は一週間前からで、っす~!!」
「こりゃいかんまちごーた!! 一ヶ月前からやったわ~!!」

頭の奥が熱い、身体中に力が入っている、肩が取れそうだ。疲労感が綺麗に溜まっている。にしては相手は全然倒れないし、劇的なこともない。
まるきりガキの喧嘩、しかも最悪なシモについてに派生してるのにやけに真剣なのがおかしかった。

「気ィ抜くと漏れそう、やわ~!! おんしのッ、力、まったすぎて、あくびが出るぜよ! ほれほれ!」
「虫歯の無いっ、綺麗な口内です、こと! ギザギザでっ、お前の知能がよく現れた、獣らしい歯だなァ!!」
「減らず口ばっか、叩きよって!!」

あーーしんどい。マジでしんどい、負けてしまいたい。イブキがギリギリと歯を食いしばる不快な音が聞こえるが、俺自身も折れんばかりに食いしばっている。何本か割れそうだ、歯茎がジンジンする。

田中様ガンバレー、だとかイブキ様ガンバッテー、だとか、無責任にコールがかかって。頑張ってんだよこっちはも~!!

「おんし、みたいな! 恵まれたっ、奴には! わからんろう、けど!」
「……ッグ!」
「ここで居場所をっ、無うしたら! 誰にも……ッ、誰にも救うてもらえんがじゃ!!」

やばい、まずい、巻き返される。
グググ、と腕が無理やり倒されていく。万力でゆっくりゆっくりと締められていくときのように、微かな焦りと抗えない力。

「そう言う人はっ! よけ沢山ッ、いるがぜよ!! おんしらの!! 救わざった人らぁが!!」

わぁあ、と声が聞こえる。集中したいのに、その声が確かに俺に入ってきていた。
こんなに人がいたのだっけ、と思うけれど、そうかイブキがいるからここに来れているのだ、と思い至る。見覚えのない人たちが今日は来ていた。

この学校で淘汰されて、トラウマを持って、それでも変えることすらできず、ただ息を潜めている人たち。教室の扉に手をかけただけで、動けなくなってしまう人たちが。

今日は来ているのだ。
イブキがいるから──守ってくれる人が、いるから。

(いろんなもの背負ってんな)

誰かの嘆き、誰かの怒り、誰かの願い、誰かの祈り。九鬼イブキという男は、自分の懐に入れた、大量の誰かの正義を背負う男であった。

「ワシが! 救わにゃならんッ!!」
「っぐ、そ、て、めぇ……!!」

確かに抵抗をやめてしまっても良い。このまま九鬼イブキがこの学校を統治しても、悪いようにはしないだろう。己の正義を貫く男であるので、今を悪しきと罰するのなら、こいつが統治したところで格差が産まれようはずもない。

そうだ、元々、別に、九鬼イブキが統治しようと、なんの問題もない。

だから。

「だからっ……俺、は! 俺の意思で!! お前に!! 勝ちてぇっ、んだよ!!」

最初から。

イブキ越しに見える観覧席。息を切らした友人が、泣きそうな顔でコチラを見ていた。
そっか、今日もう、来れないと思ってた。目、覚めたんだな。

「何が──おんしに!! 何が背負える!!」

右腕に精一杯の力を込める。もうこれで動かなくなったって構わない。全身が力む。熱い。全身が暑くて苦しい。心臓が変な風に鳴っていた。

「何も……ッ、何も、背負ってないさ!! けどな、!!」

そうだ、こんな風に、一生懸命になる程俺は背負ってない。イブキほど誰かに期待されていない。俺は友達が少ない。

「──宗ちゃん!」

……少ないけど、友達はいるのだ。

「ダチボコされて、黙ってるわけねぇだろが!!」

ッダァン!!!!
鈍い音が、会場に響いた。組んだ右手が反射的に蠢いて、そのまま力を失う。グラウンドに置いてある時計を見れば、手を組み合ってから十分しか経ってない。いやまぁ、十分フルパワーで組み合えば消耗もするか。

『……あ』

しばしの静寂。
イブキは呆然と自分の右手を見て、俺を見て、またもう一度右手を見て、ぎゅうと握りしめた。

『“力比べ”、勝者──田中宗介! よってこの三本勝負』

俺は酸素の足りない頭で息を整え、じっと俯くつむじを見つめていた。

『生徒会陣営の、勝利となります!!』

会場が沸いた、のだと思う。賞賛されてるのは何となくわかるけど、酸素が圧倒的に足りなかった。自分の呼吸音が邪魔で、周囲の音が聞き取れなかった。
ただ、俯くイブキに手を伸ばした。片手で頬を挟んで、顔を上げさせる。間抜けな顔をしていて、笑いが思わず漏れて。

「気ぃ、変わったわ」

元々は、武藤様に引き渡そうと思っていた。勝負に勝てば何でも一つ言うことを聞かせられる、その権利を譲ってご随意に……ってやつ。だって俺、武藤様のファンだし? 喜んでもらえるのが一番。

こうちゃんの仇も打てて──死んでないけど──大団円ハッピーエンド。このままいけば。

でも俺、コミュ障なので。空気読めないので。
この権利、今ここで使っちゃう。

「俺のモンになれよ、九鬼イブキ」

今度こそ、会場の絶叫が聞こえてきたのだけれど。
もうすっかり疲れてしまったので、俺はそのまま倒れ込んだわけだった。
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