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激動! 体育祭!

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「ごめん、待たせちゃった~?」
「……今来たところ」
「へへ、行こー!」

王道高校から麓の街までは徒歩で行けば一時間半はかかる山道で、バスが日に十本ほど出ている。日に十本である。少ない。

ちょうど出ていたバスに乗り込んで、学生証を見せる。ここは学生証さえ見せれば無料なのだ。
時間帯が授業終わりとも部活終わりともずれているからか、人が乗っている様子はなかった。

「今こんな様子だと、来年はもっと少なくなっちゃうかもね~、バス」
「……来年はもういない」
「それもそっか。俺たちも卒業かぁ~……」

実感が湧かない。人のいないバスはしんとしていて、車の走る音が静かに響いている。外を見れば夕方と昼間の狭間にいて、空だけは綺麗に青いのに、落ちる影は橙色。

「この時間帯、おれ好きなんだよねぇ~……」
「午下?」
「ごか?」
「昼下がり。今ごろのこと」

言葉少なに解説されたので、俺も一言ふぅん、と返す。なんだかかっこいい。
よく本を読むのだろうか。

両側に大きな窓が取り付けられているから、昼下がりの光が伸びやかに入ってくる。そんな中で二つだけ、俺たちの席に影が落ちていた。太陽の光だけが入ってきて、五月の暖かな陽気に眠気が襲ってくる。
隣の、窓際に座ってる犬神さまが何もかも静かだからやけに落ち着くのもあるのかもしれない。

お互いに無言のままバスが進み、周囲に商業施設が増え、文明が出来る。周囲は森だったのでね。
空気の抜ける音と共に扉が開き、俺たちは街に降り立った。

「っしゃあ~~! 久々の、街!」
「普段は」
「来ない! たいていのことは学校で済んじゃうし~……帰省の時くらい~? だからなんか特別か~ん」

友人の多い水瀬はよく街で遊んでいるみたいだけれど。
そういえば、一年生の時、一度だけいつメンとやらの遊びに誘われたことがある。
部活の人らしい人たちに何だかおしゃれなカフェとか、服屋とかに連れてってもらったのだ。

「あんまり贅沢とか、出来るタイプじゃないんだよね~……服とか数着あれば充分だし、どーしても来たいってこともなかったからさ~」

明るくていい人たちばかりだったけれど、楽しかったのだけれど、どれも目玉が飛び出るような値段のものばかりだった。
当たり前にカフェで二千円とか使うし。お金持ちの子供はやっぱお金持ちなんだなぁ。

「さっ、どこ行く~? 定番はゲーセンだけど!」
「定番?」
「……高校生っぽい! と、思う……!」
「ならそこで」

即決である。王道町──通称下町は、下町とは言ってもいろいろな施設が全部載せされている。

中央に大きなショッピングモールがあって、いろんなブランドのブティックに香水ショップ、書店、カフェなどなど。ゲーセンも入っている。

そこに神社や商店街のエリアが併設されており、神社を抜けると田舎の風情を取り戻した純喫茶や古い書店が立ち並ぶエリアになる。

商店街はショッピングモールにはない専門店が多く、ここを抜けると劇場や美術館、大きな公園があるのだ。

「この辺りに来ると流石に人多いね~。知り合いとかいそ~。ケッコー有名人だし、騒がれちゃうかも?」
「……」
「なんてね! ま~ふつ~に遊んでるだけだし、何も言われんでしょ」

俺はその普通ができなかったタイプの人種なのだが。

ショッピングモールに入ると流石に人が多い。
エレベーターに表示された案内を見て、三階のゲームセンターエリアまでやってきた。

「おわ……すごいね!」
「?」
「すごいね!!」
「ああ」

初めて入ったゲームセンターはいろんな音でごった返している。
何だかいろんなものがガヤガヤしていて、話すのに一苦労だ。音楽がずっと鳴り響いていて、電子音が鳴っていて、目がチカチカするくらいいろんなものが光っている。

(これが、ゲームセンター……!)

中学生の頃は遠くで見るだけで、それが不満とも思ったことはないけれど、実際に入ってみれば感動ものだ。
世の高校生はこういうもので遊ぶらしい。

「ね、見てみて! このゲーム持ってる! すごい、ハンドル握って出来るんだって~!」
「両替、現金」
「このワンコインって五百円? 百円?」
「百円」

良心的だ。
大声を出すのが億劫なのかはたまた別の理由か、犬神さまは毎回俺の耳元で話してくれる。いい声すぎて倒れそうだが、普段寡黙な人なので、声を張りすぎると喉が疲れるのだろう。

「これ両替機かな? 変な形~……えと、千円入れて」
「!!」
「? だめなの?」
「メダル……!」
「えっ」

じゃらららら、と出てくる、どう考えても日本の通貨ではないもの。どうやらメダルを購入してしまったらしい。まじか。

「返金……は、出来るわけないか。利用履歴が残ってるわけでもなし、賭博になるもんね~」
「預け入れは」
「ああ、次の時に使う用の? ウーン……どうせならこれ、ちょっと使ってみたいかも……」

じゃら、と手元のカップを揺らすと、言いたいことが伝わったのか犬神さまは一つ頷き、俺の手を引く。導かれるままについていくと、奥の一番音の大きいエリアに着いた。

ギラギラとしてて、真ん中にたくさんメダルのある台がある。あれがよく言うメダル落としという奴だろうか?
周りにはたくさん、小さな何かがある。メダルゲームの隣には釣り竿みたいなのが設置してある台もあって、もっと奥~の方にプリクラがあった。

「これここに入れたらいいの? へぇー、あっ、これメダルがそのまま弾になるんだ。これでこの、いっぱいあるメダルを下に落としたらそのぶんもらえるのかな」

頷かれる。正しいらしい。
なるほど、これは確かにメダルを溶かしてしまうかもしれない。
でもこれけっこうパチンコじゃね? 仕組み的には。気にしないでおこう。

「あれ? なんか出た。スロット?」
「!?」
「ラッキーセブンだ! メダル七百枚だって~」
「!?!?」

「あ、ボール落ちた。またスロット?」
「!?!?!?」
「またラッキーセブン! なかなか良いんじゃない~?」

「これ、ボール落としたい時は動かしたい方とは逆に飛ばすと良いかも……ほら落ちた!」
「!?!?!?!?!?」

信じられないくらいメダルが稼げた。時間を見ると三十分くらい経っている。そろそろ良い時間かな。メダルをカップの中に入れるが、入らなかったので三個持ってきた。結構良い成果なのではないだろうか。パチンコに向いてるかもしれん。

「よし、切り上げよ~」
「あ、あんちゃんその台もう終わるのかい!?」
「えっどなたですか」
「アッシンプルに不審者扱いされとる。メダル落としに取り憑かれてる中年男性です」

別のところに移動しようとして、ワンカップを片手に持ったおじさんに声をかけられる。そういう人ふつうパチンコにいない? 多分パチンコより健康的だから良いんだろうけど。

「移動しますよ~。えっと、座ります?」
「ありがてぇ!」

犬神さまと俺が腰を上げると、おじさんがかぶりつくように椅子に座った。ボロボロのニット帽とジャンパー、髭でよく見えないが、わりとでかい。俺と同じくらい身長がある。そのためちょっと怖い。

世の中には変な人もいるんだなぁ。

「犬神さま、あんま遊べてなかったよね~。次何する? え、メダルゲームもう良い?」

気づけば、犬神さまの手元にはメダルが残っていなかった。俺が夢中になっている間に使い切ってしまったのだろう。ウワーッ一人で暇させてたかも反省。

メダルはカウンターに預け、今度こそきちんと両替をする。狙うはクレーンゲームの何かである。

「あ、もちもちした猫ちゃんだ。かわいい~」
「ん……」

犬神さまが相槌を打って、ガラス越しにてろんと寝転ぶ猫ちゃんをじっと見つめる。
……もしかして欲しいのかな。

「よし、やってみよっか!」
「だが」
「え、この猫ちゃんやっぱだめ?」
「いや、……食虫植物の模型、とか」
「何でそんなもんを発売しようと思った……? うわでっか、思ってたよりでっか。模型は集めてないから大丈夫だよ」

指し示された先の台にはポップな字体で『食虫植物特集!』と書かれていた。そんなにポピュラー? 食虫植物。人全然いないぞ。

てか俺の目が正しければ『計千ブロック』とか書かれてた。
組み立てる感じなんだ、という感情と共に計千ブロックを組み立ててでも食虫植物の模型欲しい人は独特の気持ち悪さがあるな、という感情が湧いてくる。

「……って、アーム弱! 掴む位置は完璧なのに……!」

猫ちゃんの台に戻ると、テロンとしたぬいぐるみをもっと弱々しい力でアームが撫でていた。撫でるな。え、こんなに弱いもんなの!?

「ひっかける」
「引っ掛ける!? ああでも確かに、この弱さなら引っ掛けてバランス崩すしかないか……」

う、なんか、過集中? ちょっとクラクラしてきた。でも楽しいし、やめたくない。両替したお金を入れてまた挑戦する。引っ掛けようとして……ああ、お腹に刺さっちゃった。ごめんテロンテロンの猫。

「犬神さま、がんばれ~! あこれいけそうじゃない? 横から確認しよか」
「頼む」
「んーーわからん! アーム頭んとこある!」
「わかった」

犬神さまが惜しいところにかする。ちょっと思ってたけど犬神さま結構ゲーセン行ったことあるんだろうな。めちゃくちゃ慣れてるし。てか俺が言う前に横側にスタンバッてるし。

(けっこー惜しいとこまで行ってるんじゃね? このままなら取れるかも!)

──と、俺の甘い見通しも虚しく、全く取れずにお金だけが吸われていく。ジワジワと取り出し口に寄ってはいるけども。
その間に食虫植物の模型はとられていっていた。さっきのおじさんだった。

「あー……また両替いこっか」
「ん」

ぽて、と何回目かガラス越しの芝生に戻る猫ちゃんを見届け、両替機に向かう。ちょっと遠いんだよな。

「難しいねー。もうちょいすればできるかな」
「たぶん」
「いっぱいお金使わせちゃったかも。ごめん」
「良い」

何回目の両替だろうか。熱中してしまって気が付かなかった。次で取れなかったらやめてしまおう。
そう思って台に戻ると、にわかに騒がしい。

「やった、取れたー!!」
「えっうそ奇跡じゃん!!」

──ちいさな子供が、テロンとした猫ちゃんを抱きあげていた。
保護者らしい男女が盛り上がっている。
どうやら取れてしまったらしい。いや、男子高校生が取るより子供の手に渡るほうがいいか。生産性。

(? う、? あれ)

なのにどうしてかぐるぐるする。気持ち悪い。吐き気がした。そんなにあの猫ちゃんが欲しかった? そんなわけ──

(あれ、なん、か)

立ってられない、かも。

「……宗ちゃん!」

力が抜けた俺の体を、誰かが支えた。
何だか懐かしい呼び名だ。うわ、あれ、気分、わるい……
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