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「じゃ、氷嚢渡しとくから。溶けたりしたら氷補充しろよ」
「あい」
「日中とか、日中じゃなくてもめんどい時は保健室来い。しばらくは空けとくから」
「あい」

保健室。猫背の危険性とか手についてる菌とかのポスターがペタペタ貼ってある前のソファに座らされて怪我の手当を受けた。獅童くんは大事をとって病院に行ったそうで、今は居ない。

保険医である来栖くるすは生徒に手を出すと噂のお色気教師で、我が三年生からはわりとナメられている。

「ありがとう……来栖……」
「先生つけろ、敬語使え、いつもの喋り方はどうした。相変わらず教師をナメてるやつだなお前は」

来栖は歳が結構近くてフランクだからか、俺もちょっとナメている。

一年生の時ホームシックとか治安の悪さへの恐怖とかで学校をサボりがちだった頃、何も言わず保健室に置いてくれた事がある。その際にたくさん話して、慣れて、ナメた。コミュ障は慣れると爆速でナメる悪癖がある。
恩師だとは思っている。

「ま、お前みたいな生徒からナメられるのも、保健室の先生の役目ってやつよ……ほら、帰った帰った」
「あーい。じゃあなー来栖」
「返事はハイな」

べむべむと頭を叩かれ、恥ずかしくなってぶっきらぼうに手を振る。気怠げだが、ちゃんと保健室から出るのを見送ってくれた。なんか気恥ずかしい。
いつもセクハラしてくる癖に今日はしないし、そういうところはやっぱり保健室の先生って感じがする。

氷嚢の冷たさを感じながら家に戻る。武藤さまが待っている部屋というのにもなんとなく慣れ始めてきた。
いつも通り二十階に上がって、ポケットから鍵を取り出してひねった。
開けた扉の奥からまた、何かいい匂いがする。

「ただいま~」
「……帰ってきたんか」
「おれの家~~」

しかし、武藤様は俺の帰ってくる家というのに慣れていないらしい。何故。最近それ言わなかったじゃん。俺だけが同居生活を受け入れてたって事……!?

「え、なに~? 最近言わなかったじゃんそれ~今日どしたの」
「いや……」

まさかと思って食卓を確認したが、なんて名前かもわからないが美味しいのであろう料理はきっちり二人分並んでいた。良かった。今日もう武藤様飯の口だった。今この口にカップ麺とかは受け入れられんぞ。

「頬。俺の親衛隊がやったんだってな」
「んぇ?」

頬。
……頬?
思わず触ってピリッとして、そういえばなんか殴られて腫れてたなと思い返した。獅童くんが重傷すぎて忘れていた。
やられた時は痛かったが、処置して冷やして落ち着いた今は気づいたら痛いくらいになってるし。

「忘れてたんかよ」
「あんま気にしてはなかった」
「気にしろ!」

氷嚢の氷はまだまだある。台所に立って距離をとりつつソワソワしている武藤様に冷やして見せたらあからさまにホッとした顔をされた。
氷嚢ってもらった時テンション上がるけどそれ以降テンション下がっていく一方だよな。想定より冷たいし地味に邪魔だし。

そんな俺の様子をしばらく観察した後、武藤様は徐に頭を下げた。

「……悪かった。監督不行届きだ。大月獅童に関しても、なんらかの処置は取る」

……おお。
そういう人なのは知っていたけれど、なんだか面食らう。
武藤様はカリスマで俺様で、でもこういう時ちゃんと謝ってくれる人なのだ。俺はそういうところが大好きだ。

「おれは良いけどね~、標的も一番傷ついたのも獅童くんだよ~? 実際、会長さまって親衛隊放置ぎみだし~」
「返す言葉もないな」
「う。素直な会長さま、なんか違和感……」

ガラス張りの窓から外を見ると、もうとっくに夜の帳が下りていた。春頃だから日が落ちるのも早いとはいえ、今から病院へ謝りに行くのも違うだろう。武藤様はきしょいくらい反省なされてるし。

「まぁでも、おれに対しての謝罪は受け取ったげる。どうせちょっと小突かれた程度だし~」
「大月獅童に関してもあらためて……親に対しても説明がいるか?」
「保護者からしたらわけわかんないと思うけどね~」

ぶつぶつと何やら今後の計画だとか反省だとかを考え始めた武藤様を困惑半分、尊敬半分の気持ちで見る。他校の人間にはあまり通じはしないのだが、武藤様はきちんと誠意に溢れているお人だ。

そんな姿に苦笑し、適度なところで声をかける。

「さっ、ご飯食べよ~。今日も美味しそうだね~」
「芋でクリスピーナッツ作った」
「なんて……?」

そして変なところで凝り性のお人である。
来月になったら体育祭練習が始まる。それまでに獅童くんの怪我も治っていたら嬉しいのだが、難しいよなぁ……
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