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第6章 王宮生活<帰還編>

95、湧き出る不満<前>

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 ドンドンドンドン

 どうやら誰かが、扉を激しくたたいているようだ。

「シルヴィス開けよ!
 私だ!母だ!
 いつまでレンヤードと、そこにこもっているのだ!」

 自分の名前が呼ばれたことで、意識が覚醒かくせいし、身体からだを起こそうとしたが……目は重たすぎて開けれず、手足にも全く力が入らない。

 つねにない目覚めに戸惑とまどっているうちに、僕の身体からだは暖かく大きな腕に引き寄せられ、唇に軽いキスを受けた。

「……」

 僕は声を出そうとしたが、出ない!

 危機反応が働き、何とか重たい目を無理矢理開くと、僕をご自身の胸元に引き寄せられた半裸はんらのシルヴィス様が、優しく微笑ほほえみながら、見下ろしていた。

「あれだけ愛しあったんだ、しばらくは休むとよい」

 シルヴィス様にそう言われ、ここ数日の記憶を手繰たぐり寄せた僕は、瞬時しゅんじに顔が熱くなったが……しばらくするとすぐ元に戻るどころか、血のが引いてきた。

 意識をたもったまま、2回目のうなじまれた後、5年りの本来のヒートに戻された僕は……いや、僕とシルヴィス様はくるった……イロに。

 途中とちゅうから当然のごとく意識はないが、5年間の沈黙ちんもくが明けたヒートは予想通り重く、文字通りタガが外れたように激しく求め合った記憶しか僕には残っていない。

 僕が呆然ぼうぜんと目を見開いたままでいると、さっきより、扉をたたく音が激しさを増してきた。

「母上だ、オレが対応するから、レンはそのままで……」

 まるで悪戯いたずらが見つかった子供のように、楽しそうに目を輝かせたシルヴィス様は、僕のほおに軽くキスをしてから起き上がり、寝衣しんいの上着をサラッと羽織はおってから、寝台から出ていかれた。

 えっ?
 シルヴィス様の母上様ってコトは……レイラ様!

 僕はますますあせって何とか身体からだを動かそうとしたが、本当に動かせない!
 かろうじて、手足の指先だけが少し動く程度ていどだった。

 どうしよう?どうしよう!と頭の中だけで混乱こんらんしていると、やがて扉を開ける音が聞こえ、シルヴィス様が対応する声が聞こえた。

「母上、ここは寝室……」

 突如とつじょとして、シルヴィス様の声が途切とぎれ、ドッダーン!という地響じひびきがした。

「シルヴィス、確保かくほ
 強力な眠剤みんざいを打ったから、しばらく目を覚ますことはない!
 そこの親衛しんえいたい、別室へ連れて行け!
 次はレンヤードだ!無事か?!」

 レイラ様のいさましい声が近付いてきて、寝台まわりをかこっている薄いカーテンがシャッと勢いよく開かれたと思ったら、僕の真横まよこにレイラ様があらわれ、顔をのぞき込まれた。

 非常に心臓に悪かったが、どうやらひどく心配されているようなので、声が出ないために、返事代わりにコクコクと僕はうなずく。

 レイラ様は僕の首元をジッと見続けると、顔をしかめられ、後ろを振り返りさけばれた。

「セリム、手を貸してくれ!
 やはり治療が必要だ!
 先に本部に運ぶか?」

 切迫せっぱくした状況についていけず、僕がただただ固まっていると、レイラ様の後ろからすぐセリム様があらわれ、僕の身体からだを寝台からゆっくり抱き上げる。

 僕の記憶では、いつもはあまり表情を変えないはずのセリム様だったが、今はまゆをひそめられ、苦々にがにがしい表情を浮かべられていた。

「レイラ様、レンヤードは予想以上に弱っていますので、先に本部で神力しんりょくを与え、その後、医務室に連れて行きます。
 全く……やり過ぎだ、シルヴィス!」

 何?何が起こっているの!

 めずらしく感情をあらわにしたセリム様のお顔を見続けているうちに、僕はセリム様に横抱きにされたまま、寝室から連れ出されてしまった……全く状況が把握はあくできていない僕の疑問だけを置きりにして。

 通常は5日間ぐらいでヒートはおさまるらしいが、僕とシルヴィス様は、なんと2週間、寝室にこもりっきりだったそうだ。

 何度か僕付きのマーサだけが呼ばれ、シーツ交換や、食事の差し入れ、入浴の介助かいじょなどをシルヴィス様が依頼されたそうだが、僕には一切いっさい記憶にない。

 さすがに健康面を心配したレイラ様が寝室に突入とつにゅうし、僕たち2人の状況把握はあくを行った訳だが、シルヴィス様の強い抵抗をあらかじめ予想していたレイラ様は、扉を開けたシルヴィス様に問答もんどう無用むようで強力な眠剤みんざいを打ち込み、シルヴィス様を眠らせる措置そちを取った。

 それは、僕たちが長期間はなばなれとなっていて、ようやく再会した件が大きく関わっており、そのような状態のアルファは、習性しゅうせいによりつがいをなかなか離さないどころか、まれつがいを抱きつぶして殺してしまうケースがあるらしい。

 しかも諸々もろもろ介助かいじょのため、ただ1人寝室に入れたマーサによると、僕は生きているのかが心配になるほど、顔色も悪く、いつもかなりグッタリとしていたので、生命的に危ないのではないか?と常々つねづね心配していたと言われた。

 げんに僕は、うなじを何回もまれて出血が止まらず、衰弱すいじゃくいちじるしかったようで、あの時、突入とつにゅうして本当に良かったと、後々のちのちレイラ様とセリム様から聞かされた。

 だが、このレイラ様による突撃とつげき作戦は、長期間離れていた僕たち……というか、特にシルヴィス様にとって、あまりよろしくなかったらしく、大きな心理的負荷ふかがかかったようだ。

 強力な眠剤みんざいをレイラ様より打たれたシルヴィス様は、僕のヒートに付き合った疲れからか、一昼夜いっちゅうやコンコンと眠られ目を覚ました後、どこへ行くにも僕をかかえたまま、決して離すことはなく……今度はこの現象げんしょうに僕だけではなく、皆が頭をかかえることとなった。
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