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第5章 王宮生活<大祭編>

75、涙の謝罪<後>

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 そんな緊迫きんぱくした空気を感じとったのか、ローサは、よりいっそう、にこやかな笑みを浮かべ、続けて話し出す。

「初めて顔をごらんになる方がほとんどだとは思うが、今回、供物くもつの手配と管理を引き受けてくださったのは、私の横にいらっしゃる、シルヴィス妃レンヤード様だ。

 責任を感じられて、皆様にぜひびたいとおおせられた。
 どうか、聞いてほしい」

 ローサはそういうと、僕に目で合図した。

 僕もローサに向かってうなずき、1度ゴクリとつばを飲み込んでから、話し始める。

「長い間、病でせっており、こうして皆様の前に立つのは、初めてでございます。

 私はシルヴィス妃レンヤードと申します。

 今回、ローサから供物くもつの手配や管理を受けぎましたが、色々行き届かず、このような事態じたいとなりましたこと、深くおび申し上げます。

 まことに、申し訳ございませんでした」

 僕も先ほどのローサにならって、後方の者にも聞こえるよう、ゆっくりと大きな声で、謝罪しゃざいの言葉を口にし、立ったまま、深く頭を下げた。

 だが……誰も話さず……またしても沈黙ちんもくおとずれる。

 僕は頭を下げ続けたままだったので、諸侯しょこうらの表情を見ることができなかったが、肌で感じることはできた……ローサのことは許しても、実績じっせきも何もない僕を、疑惑ぎわくの目で見ていることを。

 空気が重い……

 その後も、誰ひとり、ひと言もはっさないので、ローサがあわてて言いえてくれる。

「シルヴィス妃ともあろう方が、こうして頭を下げていらっしゃるのですよ。
 だから、皆様、どうか……」

 ローサが言い終わらないうちに、真ん中ほどにいた、壮年そうねんの男性が、胸の前で腕を組みながら、こう言い出した。

「失礼ですが、そもそもその方は、本当にシルヴィス妃なのですか?

 シルヴィス妃といえば、加護かごをお持ちで、新王がとても尊重そんちょうされていると、我々は耳にしております。

 なのに、この失態しったいはどうでしょう?

 先ほど王に拝謁はいえつは済ませましたが、正直言って私は、このような者を尊重そんちょうされる新王を支持することは難しい……と考えております」

 この諸侯しょこうの言葉を聞いて、僕の頭の中は、真っ白になってしまった。

「なんと不敬ふけいな!」

 横にいたロイが、すごい勢いでその男性に言い寄ろうとする姿を見て、僕はハッとしてわれを取り戻し、あわててロイを、全身を使って止めた。

「ロイ、ありがとう、これ以上さわぎをかさねるのは良くない……だから、ここはおさえて」

「でも、レンヤード様、これではあまりにも……」

 それでもい下がろうとするロイを、僕がなだめていると、見かねたローサがスススっと僕の元に寄ってきて、ささやき声で耳打ちしてきた。

「レンヤード様、諸侯しょこうらの怒りがしずまりません。

 それだけ、あの供物くもつが大事だったということでしょう。

 申し上げにくいのですが、かくなる上は、さらなる謝罪しゃざいが必要ではないかと……」

「どうやって?」

 ローサの意図いとが分からず、僕はローサに同じ小さな音量でそっと聞き返す。

「大変言いにくいのですが……ひざまずいて、ひたいを床にすりつけて……諸侯しょこうらに平伏へいふくするのです」

「それは罪人つみびとがするものでは?」

 衆目しゅうもくがある場所……しかもこの国を支えている者たちが一堂いちどうかいしてるおおやけの場で、王族が取る態度としては、あまりにも過酷かこくすぎるローサの提案に、僕はひどく動揺どうようし、絶句ぜっくしてしまう。

 全く動かなくなった僕に、ローサは苛立いらだちを隠すことなく、こう言いつのってきた。

「レンヤード様、茶会での王妃様の言葉をお忘れですか?

 王妃様は、この大祭たいさいの成功こそが、王の治世ちせいの安定につながるとおっしゃっておられました。

 でも今は、供物くもつの件が発端ほったんで、諸侯しょこうらの王への信頼がらいでます。

 それでも、できないと言われますか?

 また、この件がきっかけとなり、諸侯しょこうらが王への忠誠ちゅうせいを失ったら、国が乱れることになるでしょう。

 そうなったら、王の弟君で、レンヤード様の夫君ふくんであるシルヴィス様も、とても悲しまれるのではないでしょうか?」

 国が乱れる?
 そして……シルヴィス様が悲しむ?

 そうだ、シルヴィス様は自分の子をあきらめてでも、兄でもある王へ忠誠ちゅうせいちかっておられた。

 妃になった経緯けいいに僕は思うことがあるにせよ、シルヴィス様本人が不在ふざいの今、妃という立場にいる僕が、そんなシルヴィス様のおもいを、つぶすわけにはいかない

「分かった、ローサ、やるよ」

 いろんなおもいが自分の中でき上がるが、それを無理やりせ、僕はその場で床にひざまずいた。

「レンヤード様、何を!」

 ロイの驚いた声が真横まよこで聞こえたが、僕は諸侯しょこうらをしっかり見据みすえると、多少ふるえる声でこうげる。

「信じてもらえないかもしれませんが、私は事実、シルヴィス妃です。

 今回の件は……何もかも私の力不足ゆえに起こったもので、この件のせきは、私ひとりにあります。

 王は、国のため、皆様のため、そして1番大切なたみのために、寝る間をしんで、政務せいむはげまれていると、王妃様から聞いています。

 そんな王のことを、皆様が信じ、ぜひ支えになっていただきたい。

 り返しますが、この件でせきがあるのは、私、ただ1人のみ。

 今回の件、本当に申し訳ありませんでした」

 そこまで言うと、僕は床に視線を向けた。

 すでにせっしているあしの部分から感じる床の冷たさに、身体からだが1度ブルっとふるえる。

 僕は目を固くつぶって、1つ息をいて覚悟かくごを決めると、ゆっくりと床へひたいり付けた。

「おおっ!シルヴィス妃が、ここまでするとは!」

「なんと……王様をかばって……」

 そんな諸侯しょこうたちのざわめきを聞きながら、僕は心の中で、シルヴィス様へ話しかける。

 ねぇ、シルヴィス様、国のためと十分理解はしているけど、どうして今ここにいてくれないの?

 必要なこととはいえ、さすがにこれは、心がひどく痛むんだ

 王宮にいる限り、僕の心はきっとこれからも、たくさん傷ついていく

 床にひたいをつけて平伏へいふくしたまま、僕は、目がじんわり熱くなって、涙が一粒ひとつぶ、シルヴィス様からおくられた指輪の上に落ちた。

 その時、

 ドッ、ドォドォドォ、ドオーン

 近くに雷が落ちたようで、地面が一瞬れ、雨風がよりいっそう、ひどくなる。

 なんだ?この天候は!!
 異常だぞ!

 僕は床に平伏へいふくしたまま、諸侯しょこうらが落ち着きなく、さわいでいるのを、ただ聞いていた。

 それからすぐに、バンっと扉が勢いよく開いた音がし……すずやかだが、威厳いげんのある声がひびく。

「これは何の騒ぎだ?」

「神官長様!」
「おおっ、神官長がみえられたぞ!」

 皆が口々くちぐちに言う最中さなか、コツコツとその人物の足音が、僕がいる方へ向かってくるのを耳にし……やがて僕の目の前で止まると、声をかけられた。

「レンヤード、顔を上げなさい」

 かなりの時間平伏へいふくしていたせいで、僕の上体じょうたいは、すぐに起き上がることが難しく、横にいたロイが手助てだすけしてくれる。

 だけど、この不様ぶざまな姿がたまれず、僕はなかなか顔を上げることができなかった。

「レンヤード」

 もう一度静かに名を呼ばれ、僕はやっと顔をさらす決心ができる。

 ゆっくりと視線を上げていき、涙にれ、くもった僕の目にうつった、神官長と呼ばれた御方おかたは……少し前に自分で予想した通りだった。

「セリム様……」

 嗚咽おえつこらえていたせいか、ひどくかすれてしまった声で、僕はそのかたの名を呼んだ。
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