「運命の番」だと胸を張って言えるまで

黎明まりあ

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第5章 王宮生活<大祭編>

82、咎(とが)める声<前>

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 あの衣装……お茶会……おかの上の教会

 この3つの言葉に当てはまるのは……アルフ様か

 そういえば、あの素晴らしい衣装、大祭たいさい前日に届けられたため、おくぬしのアルフ様に披露ひろうしていなかったっけ

 お付きの人もいたし、複数の護衛ごえいの方から守られていたので、きっとアルフ様は上位じょうい貴族であり、大祭たいさい儀式ぎしきでお会いできるだろうと単純に思っていたけど……僕の方がそれどころじゃなかった

 苦笑しながらカードを閉じ、僕は声に出してつぶやいてみた。

「お茶の時間か……」

 ということは、昼食をいただいてから着替えて……久しぶりにあの庭園の水りをやってから、おかの上の教会に行けばいいか

 正直、祈りの間は、まだあの悲惨ひさんな光景が容易よういに思い出されるので、入るのは無理だろうが、今回用があるのは、入口すぐ、お昼寝に最適さいてき魅惑みわくのソファセットだ。

 今日は晴天せいてんだし、きっとガラスりの空間には、太陽こうがキラキラと、まるで神からの祝福しゅくふくのようにそそいで……あの場に座っているだけで、至福しふくのひとときになるであろう。

 アルフ様はお忙しい方だからいつ来られるか分からないし、何ならうっかりお昼寝しちゃっても、あの神に愛されてる空間なら、きっと悪夢も見ないで熟睡じゅくすいできるだろう……そして、アルフ様ならきっと、そんな僕の姿を見かけても、叱責しっせきせず笑いながら起こしてくれるよね?

 何よりアルフ様とお茶する時に出されるお菓子は、毎回絶品ぜっぴんで……とても美味しいのだ!

 僕は久しぶりに食欲が出てきた自分に、すごく驚いた。

 頭痛と眩暈めまいのせいで、全く食事が受け付けられなかったのも、神力しんりょくによる治療を受けている理由の1つだったからだ。

 でも、こんなカードで呼び出しを受けるなんて初めてだ……もしかして、アルフ様に何かあった?

 小さな違和いわ感が胸によぎったが、久しぶりの外出予定に胸がおどり、本能からの警告けいこくを僕は気づかないフリをしてしまった……この件が大きな波乱はらんの展開の入口だとは知らないままに。

「やっぱりなぁ……この3ヶ月間、ほぼスープだけだと、お肉は落ちちゃうよね」

 昼食後、お腹が落ち着いてから、さっそくおかの上の教会に行く準備をしようと、衣装部屋に入り、マーサの手によって綺麗きれいに保管されていた、アルフ様よりおくられ、大祭たいさいのために作られた衣装にそでを通してみる。

 3ヶ月前の僕にはピッタリだったこの衣装が、僕が食事を受け付けなかったせいで、身体からだの肉がげ落ちてしまい……今や肩の位置はズリ落ち、衣装の中で身体が泳ぐようになってしまった。

 唯一の救いは……僕のうっすらとした記憶の中では、きっとあの騒動そうどうで何回も床にころがりすそはたくさん汚れていただろうし、まぶたや首筋から結構けっこう出血していたので、上半身はきっと血だらけだっただろうに……そんな痕跡こんせきは一切なく、初めてこの衣装を着て感動した大祭たいさい当日の朝そのまま、だったこと。

 真っ白で極上ごくじょう手触てざわりの神官服も、王家の紋様もんようが入ったこん羽織はおりりもほころび1つなく、新品といわれても遜色そんしょくはない。

 変わったのは、もうこの世にいないサラと、半狂乱きょうらんのローサ……そして手負ておいの僕。

 胸にせまりくる様々さまざまな感情を、僕は右手の平を胸に押し当てることで、グッとおさえる。

 姿見すがたみでもう一度全身をザッとうつし、不備ふびがない事を確認した上で、部屋を出ようとしたところで、僕はハッと足を止めた。

 そういえば、あの指輪、今日はどうしようか?

 衛兵えいへいにシルヴィス妃の証拠として提出しようとしたが、僕も指輪も偽物にせものの可能性があるとして、提出すらこばまれた場面が、脳裏のうりよみがえる。

 必要ないか……それにもう……僕は……近いうちにこの場所から……

「さて、行こうか」

 えて、胸に浮かんだ最後の言葉は表象ひょうしょうさせず、今度こそ振り返らず、僕は部屋を出た。

「やっぱり……もうちょっと……体力つけないとなぁ……」

 恒例こうれいになってしまったひとり言も、全く気にすることなく、口からこぼれる。

 水りをする庭園まで、まだ半分近くの距離がある。

 ここでも、3ヶ月間、あまり食べれなかったことと、全く動かなかった代償だいしょうを受けていた……ようするに、道半みちなかばで僕はバテていたのだ。

 僕は今、行儀ぎょうぎ悪いことは重々じゅうじゅう承知しょうちで、王宮の所々ところどころにある庭園の大きな置石おきいしに腰かけて、休憩きゅうけいしている。

 この王家の紋様もんようが入った羽織はおりのせいか、供物くもつ祈祷きとうを頑張ったおかげか、先ほど偶々たまたま通りかかった神官の方が声をかけてくれ、事情じじょうを話したところ、わざわざ水を持ってきてくれたので、有りがた頂戴ちょうだいした。

 このままの体力だとダメだ!
 なんせ故郷こきょうまでは、ここ王都から馬車で2週間かかるのだ!

 明日から散歩を日課にっかに取り入れようと、僕は心に決める。

 さぁ、そろそろ水りの庭園に向かおうかと、立ち上がった僕だが、この庭園を取り囲んでいる回廊かいろうを、侍女じじょ侍従じじゅうの方々が、せわしなくバタバタと通り過ぎていく。

 何かあったのかな?
 まぁ、引きこもりの僕には関係ないか

 そう僕は結論づけると、ひたいに左手を当てて影を作り、雲1つない青空に目をすがめると、のどうるおせた有意義ゆういぎ休憩きゅうけいを終え、水りをする庭園までの距離に少しだけビビりながら、再びゆっくりと歩き始めた。
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