68 / 110
第5章 王宮生活<大祭編>
67、神官長への許可取り<後>
しおりを挟む
ハッハッハッハッ
大聖堂から教会本部への道を、僕はなるべく全速力で走り抜ける。
王家の紋様が入った羽織りを着ているせいか、出くわした者たちは、端に避けて一礼し、僕を優先してくれた。
アルフ様が用意してくれた衣装は、恐らく最高級な織物を使用していると思われ、とても軽いが、それゆえに生地が薄いため、特に足元で絡みついて、とても走りにくい。
それもそうだ……こうして全速力で走るなんて、この最高級の生地には、想定されていないだろう。
僕は実際の着用を避け続けているが、今の王宮生活は……望めば、最高級の素材を使用した煌びやかな服も着れるし、美味しい食事も味わえ、その上、使わせてもらっている部屋はとても心地よく、豪勢で……まるで夢のようだ。
だけど僕は首を振って、ここに来る前の故郷の生活を思い出す。
たくさん動くことを前提として作られた普段使いの簡素な服に、野菜たっぷりの素朴な食事、風雨に耐えうるように設計された質実な建物。
けれども、領地の作物畑を、僕がこうして全速力で走っていたら……
『レンヤード様~、そんなに急いでどうされたんですかぁ~』
『レンヤード様~、転びますよぉ~!
気をつけて!』
『レンヤード様~』
『レンヤードさまぁ~』
領民の誰もが僕の名を何度も呼び、手を振って笑いかけ、話しかけてくれるだろう。
ここ王宮は、贅沢な暮らしができるかもしれないが、一体誰が、利害なしに、僕の名を心良く呼んで、笑って話しかけてくれる?
今まで我慢してものが不意に途切れ、目頭がジィ~ンと熱くなった。
ダメだ、ここは王宮内……人目が多いから、こんな所で泣いたら、噂になってしまう
僕は少しだけ走るスピードを落とし、なるべく目線を上に向けて、熱いものが目から落ちないようにした。
アナタ ノ コト ハ シリマセン
ダレ デスカ?
簡潔に言うと、先ほど衛兵に、そう言われてしまった。
自分のことを自身で証明できない場所なんて……はたして居る意味はあるのだろうか?
いや、居てもいいのだろうか?
胸を抉るような痛みを抱えながら、僕はひたすら走り続けた。
ようやく、教会本部が見えてきたが、僕はここで大事なことを思い出して、足が止まってしまう。
しまった!
神官長様の名を……知らなかった!
ここ1ヶ月、大祭の歴史や儀礼順序、そして供物祈祷に、その日の気力と体力を思った以上に持っていかれるので、僕は現教会の内部体制まで、心を配ることができなかった。
どうしようか?
でも、とにかく時間が惜しい!
仕方ない、ここは素直に謝って、取り次いでもらおう!!
そう思い直して、再び僕は走り出し、程なく、教会本部の受付に辿り着く。
毎日通っていたので、もちろん何も言われず、止めもされなかったが、誰に尋ねていいのか分からなかったので、僕はまず、ここで聞いた。
「神官長様って、今、この本部におられますか?」
全速力で走ってきたため、飛び跳ねる息を落ち着かせるように、僕は胸に手を当て、短い呼吸を繰り返す。
「はい、本日はさすがに大祭なのでいらっしゃいますが、こちらで神官長様の細かいご予定までは、存じ上げません。
中に入り、誰かしらに、改めてお尋ねになられたほうが良いでしょう」
「ありがとう、そうするよ!」
受付の人に親切に教えてもらった僕は、その方へ礼を言い、また急ぎ足で中に入ると、教えられた通りに、こちらに向かって歩いてきた人をすぐに呼び止め、事情を説明し、神官長様への面会をお願いした。
すると、そのままその場で待つように言われる。
早く!早く!!早く!!!
ただ、そう願いながら、僕はひたすら待った。
待つ時間はものすごく長く感じたが、今の僕には、それしかできない。
はやる気持ちを落ち着かせようと、その場で短い距離を行ったり来たりしながら待っていると、やがて僕を呼ぶ声が聞こえた。
「お待たせしました、レンヤード様」
「ロイ!」
振り返ると、昨日も会ったロイが、僕の元へ駆け寄って来る。
えっ!
まさか、ロイが神官長様なの?!
そんな僕の気持ちを読んだかのように、ロイは苦笑しながら、こう僕に教えてくれた。
「儀式前の沐浴中で、今、神官長は対応できません。
事情はお聞きしました。
許可はいただきましたので、代わりに私が対応します」
僕はホッと胸を撫で下ろすと同時に、自分で対応できなかった居た堪れなさに襲われ、失礼とは分かっていながらも、床に視線を落としたまま、ロイへお願いする。
どう頑張っても今の僕では、胸を張って、顔を上げることができない。
「大祭のせいか、衛兵が身元確認にかなり慎重で……僕だと要求を跳ね除けられてしまった。
ロイ、申し訳ないけど、一緒に来てもらえるかな?」
自分の不甲斐なさを十二分に噛み締めながら、僕はロイへ勢いよく頭を下げた。
「レンヤード様、頭を上げてください。
まずは、気になされませんように。
今回の大祭が終わったら、こんな馬鹿げたことはなくなりますよ。
さぁ、急ぎましょう!」
「ありがとう!ロイ!!」
心強い味方を得て、足が軽くなったような気がした僕は、来た道をまた全力で走って引き返す。
嵐が近い!
間に合いますように!!
そう心で願いながら。
大聖堂から教会本部への道を、僕はなるべく全速力で走り抜ける。
王家の紋様が入った羽織りを着ているせいか、出くわした者たちは、端に避けて一礼し、僕を優先してくれた。
アルフ様が用意してくれた衣装は、恐らく最高級な織物を使用していると思われ、とても軽いが、それゆえに生地が薄いため、特に足元で絡みついて、とても走りにくい。
それもそうだ……こうして全速力で走るなんて、この最高級の生地には、想定されていないだろう。
僕は実際の着用を避け続けているが、今の王宮生活は……望めば、最高級の素材を使用した煌びやかな服も着れるし、美味しい食事も味わえ、その上、使わせてもらっている部屋はとても心地よく、豪勢で……まるで夢のようだ。
だけど僕は首を振って、ここに来る前の故郷の生活を思い出す。
たくさん動くことを前提として作られた普段使いの簡素な服に、野菜たっぷりの素朴な食事、風雨に耐えうるように設計された質実な建物。
けれども、領地の作物畑を、僕がこうして全速力で走っていたら……
『レンヤード様~、そんなに急いでどうされたんですかぁ~』
『レンヤード様~、転びますよぉ~!
気をつけて!』
『レンヤード様~』
『レンヤードさまぁ~』
領民の誰もが僕の名を何度も呼び、手を振って笑いかけ、話しかけてくれるだろう。
ここ王宮は、贅沢な暮らしができるかもしれないが、一体誰が、利害なしに、僕の名を心良く呼んで、笑って話しかけてくれる?
今まで我慢してものが不意に途切れ、目頭がジィ~ンと熱くなった。
ダメだ、ここは王宮内……人目が多いから、こんな所で泣いたら、噂になってしまう
僕は少しだけ走るスピードを落とし、なるべく目線を上に向けて、熱いものが目から落ちないようにした。
アナタ ノ コト ハ シリマセン
ダレ デスカ?
簡潔に言うと、先ほど衛兵に、そう言われてしまった。
自分のことを自身で証明できない場所なんて……はたして居る意味はあるのだろうか?
いや、居てもいいのだろうか?
胸を抉るような痛みを抱えながら、僕はひたすら走り続けた。
ようやく、教会本部が見えてきたが、僕はここで大事なことを思い出して、足が止まってしまう。
しまった!
神官長様の名を……知らなかった!
ここ1ヶ月、大祭の歴史や儀礼順序、そして供物祈祷に、その日の気力と体力を思った以上に持っていかれるので、僕は現教会の内部体制まで、心を配ることができなかった。
どうしようか?
でも、とにかく時間が惜しい!
仕方ない、ここは素直に謝って、取り次いでもらおう!!
そう思い直して、再び僕は走り出し、程なく、教会本部の受付に辿り着く。
毎日通っていたので、もちろん何も言われず、止めもされなかったが、誰に尋ねていいのか分からなかったので、僕はまず、ここで聞いた。
「神官長様って、今、この本部におられますか?」
全速力で走ってきたため、飛び跳ねる息を落ち着かせるように、僕は胸に手を当て、短い呼吸を繰り返す。
「はい、本日はさすがに大祭なのでいらっしゃいますが、こちらで神官長様の細かいご予定までは、存じ上げません。
中に入り、誰かしらに、改めてお尋ねになられたほうが良いでしょう」
「ありがとう、そうするよ!」
受付の人に親切に教えてもらった僕は、その方へ礼を言い、また急ぎ足で中に入ると、教えられた通りに、こちらに向かって歩いてきた人をすぐに呼び止め、事情を説明し、神官長様への面会をお願いした。
すると、そのままその場で待つように言われる。
早く!早く!!早く!!!
ただ、そう願いながら、僕はひたすら待った。
待つ時間はものすごく長く感じたが、今の僕には、それしかできない。
はやる気持ちを落ち着かせようと、その場で短い距離を行ったり来たりしながら待っていると、やがて僕を呼ぶ声が聞こえた。
「お待たせしました、レンヤード様」
「ロイ!」
振り返ると、昨日も会ったロイが、僕の元へ駆け寄って来る。
えっ!
まさか、ロイが神官長様なの?!
そんな僕の気持ちを読んだかのように、ロイは苦笑しながら、こう僕に教えてくれた。
「儀式前の沐浴中で、今、神官長は対応できません。
事情はお聞きしました。
許可はいただきましたので、代わりに私が対応します」
僕はホッと胸を撫で下ろすと同時に、自分で対応できなかった居た堪れなさに襲われ、失礼とは分かっていながらも、床に視線を落としたまま、ロイへお願いする。
どう頑張っても今の僕では、胸を張って、顔を上げることができない。
「大祭のせいか、衛兵が身元確認にかなり慎重で……僕だと要求を跳ね除けられてしまった。
ロイ、申し訳ないけど、一緒に来てもらえるかな?」
自分の不甲斐なさを十二分に噛み締めながら、僕はロイへ勢いよく頭を下げた。
「レンヤード様、頭を上げてください。
まずは、気になされませんように。
今回の大祭が終わったら、こんな馬鹿げたことはなくなりますよ。
さぁ、急ぎましょう!」
「ありがとう!ロイ!!」
心強い味方を得て、足が軽くなったような気がした僕は、来た道をまた全力で走って引き返す。
嵐が近い!
間に合いますように!!
そう心で願いながら。
226
お気に入りに追加
1,171
あなたにおすすめの小説

欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点


【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。


初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる