「運命の番」だと胸を張って言えるまで

黎明まりあ

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第5章 王宮生活<大祭編>

67、神官長への許可取り<後>

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 ハッハッハッハッ

 大聖堂から教会本部への道を、僕はなるべく全速力ぜんそくりょくで走り抜ける。

 王家の紋様もんようが入った羽織はおりを着ているせいか、出くわした者たちは、はしけて一礼し、僕を優先してくれた。

 アルフ様が用意してくれた衣装は、恐らく最高級な織物おりものを使用していると思われ、とても軽いが、それゆえに生地がうすいため、特に足元でからみついて、とても走りにくい。

 それもそうだ……こうして全速力ぜんそくりょくで走るなんて、この最高級の生地きじには、想定そうていされていないだろう。

 僕は実際の着用ちゃくようけ続けているが、今の王宮生活は……望めば、最高級の素材そざいを使用したきらびやかな服も着れるし、美味しい食事も味わえ、その上、使わせてもらっている部屋はとても心地よく、豪勢ごうせいで……まるで夢のようだ。

 だけど僕は首を振って、ここに来る前の故郷こきょうの生活を思い出す。

 たくさん動くことを前提ぜんていとして作られた普段使いの簡素かんそな服に、野菜たっぷりの素朴そぼくな食事、風雨ふううえうるように設計せっけいされた質実しつじつな建物。

 けれども、領地りょうち作物さくもつばたけを、僕がこうして全速力ぜんそくりょくで走っていたら……

『レンヤード様~、そんなに急いでどうされたんですかぁ~』

『レンヤード様~、ころびますよぉ~!
 気をつけて!』

『レンヤード様~』

『レンヤードさまぁ~』

 領民りょうみんの誰もが僕の名を何度も呼び、手を振って笑いかけ、話しかけてくれるだろう。

 ここ王宮は、贅沢ぜいたくな暮らしができるかもしれないが、一体誰が、利害りがいなしに、僕の名を心良く呼んで、笑って話しかけてくれる?

 今まで我慢してものが不意ふい途切とぎれ、目頭めがしらがジィ~ンと熱くなった。

 ダメだ、ここは王宮内……人目が多いから、こんな所で泣いたら、うわさになってしまう

 僕は少しだけ走るスピードを落とし、なるべく目線を上に向けて、熱いものが目から落ちないようにした。

 アナタ ノ コト ハ シリマセン
 ダレ デスカ?

 簡潔かんけつに言うと、先ほど衛兵えいへいに、そう言われてしまった。

 自分のことを自身で証明できない場所なんて……はたしてる意味はあるのだろうか?

 いや、てもいいのだろうか?

 胸をえぐるような痛みをかかえながら、僕はひたすら走り続けた。

 ようやく、教会本部が見えてきたが、僕はここで大事なことを思い出して、足が止まってしまう。

 しまった!
 神官長様の名を……知らなかった!

 ここ1ヶ月、大祭たいさいの歴史や儀礼ぎれい順序じゅんじょ、そして供物くもつ祈祷きとうに、その日の気力と体力を思った以上に持っていかれるので、僕はげん教会の内部体制まで、心をくばることができなかった。

 どうしようか?
 でも、とにかく時間がしい!

 仕方ない、ここは素直すなおに謝って、取りいでもらおう!!

 そう思い直して、再び僕は走り出し、ほどなく、教会本部の受付に辿たどり着く。

 毎日通っていたので、もちろん何も言われず、止めもされなかったが、誰にたずねていいのか分からなかったので、僕はまず、ここで聞いた。

「神官長様って、今、この本部におられますか?」

 全速力ぜんそくりょくで走ってきたため、飛びねる息を落ち着かせるように、僕は胸に手を当て、短い呼吸をり返す。

「はい、本日はさすがに大祭たいさいなのでいらっしゃいますが、こちらで神官長様のこまかいご予定までは、ぞんじ上げません。

 中に入り、誰かしらに、改めておたずねになられたほうが良いでしょう」

「ありがとう、そうするよ!」

 受付の人に親切に教えてもらった僕は、そのかたへ礼を言い、また急ぎ足で中に入ると、教えられた通りに、こちらに向かって歩いてきた人をすぐに呼び止め、事情じじょうを説明し、神官長様への面会をお願いした。

 すると、そのままその場で待つように言われる。

 早く!早く!!早く!!!

 ただ、そう願いながら、僕はひたすら待った。

 待つ時間はものすごく長く感じたが、今の僕には、それしかできない。

 はやる気持ちを落ち着かせようと、その場で短い距離を行ったり来たりしながら待っていると、やがて僕を呼ぶ声が聞こえた。

「お待たせしました、レンヤード様」

「ロイ!」

 振り返ると、昨日も会ったロイが、僕の元へけ寄って来る。

 えっ!
 まさか、ロイが神官長様なの?!

 そんな僕の気持ちを読んだかのように、ロイは苦笑くしょうしながら、こう僕に教えてくれた。

儀式ぎしき前の沐浴もくよく中で、今、神官長は対応できません。

 事情じじょうはお聞きしました。
 許可はいただきましたので、代わりに私が対応します」

 僕はホッと胸をで下ろすと同時に、自分で対応できなかったたまれなさにおそわれ、失礼とは分かっていながらも、床に視線を落としたまま、ロイへお願いする。

 どう頑張がんばっても今の僕では、胸を張って、顔を上げることができない。

大祭たいさいのせいか、衛兵えいへい身元みもと確認にかなり慎重しんちょうで……僕だと要求をけられてしまった。

 ロイ、申し訳ないけど、一緒に来てもらえるかな?」

 自分の不甲斐ふがいなさを十二分じゅうにぶんめながら、僕はロイへ勢いよく頭を下げた。

「レンヤード様、頭を上げてください。

 まずは、気になされませんように。
 今回の大祭たいさいが終わったら、こんな馬鹿げたことはなくなりますよ。

 さぁ、急ぎましょう!」

「ありがとう!ロイ!!」

 心強い味方をて、足がかるくなったような気がした僕は、来た道をまた全力で走って引き返す。

 嵐が近い!
 間に合いますように!!

 そう心で願いながら。
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