「運命の番」だと胸を張って言えるまで

黎明まりあ

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第5章 王宮生活<大祭編>

65、不穏な人だかり<後>

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 脳裏のうりからみつく赤を振り切るために、前へ前へと足を動かし、あの人だかりから十分離れた所で、ひと息つこうと、僕は立ち止まった。

 ハァハァハァ

 全身に緊張きんちょうが残っているせいか、呼吸が浅く、息ぐるしい。

 僕は咄嗟とっさに両手を胸に当て、前かがみになり、必死に空気を取り込もうとした。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫

 得体えたいの知れぬ恐怖をくそうと、何度もおのれに同じ言葉を言い聞かす。

 早く大聖堂へ行き、一度いのらせてもらおう……そうすれば、少し落ち着くはず

 そう自分の中で結論づけると、僕は再び前に進もうと足を動かした。

 だが、まるで足におもりがついているかのようで、なかなか前に進まない。

 もどかしい思いをかかえながら、それでも懸命けんめいに足をり出し……ようやく僕は、大聖堂が見える位置まで進むことができた。

 王国一の規模きぼほこり、2つの大きな尖塔せんとうゆうする大聖堂は、白い外壁がいへき緻密ちみつ装飾そうしょくいたる所にほどこされており、何とも神秘しんぴ的な雰囲気ふんいきを持っているため、遠くから見ても、その外観がいかん一際ひときわ目立つ。

 僕が参加していた供物くもつ祈祷きとうは、この大聖堂で毎日朝晩行っていたので、この建物が目に入った時点で、僕は安心のあまり、歩く速度がゆるやかになった。

 ゴロゴロゴロゴロ~っ

 突然、まだ小さいが異様いような音を僕は耳にする。

 なんだ?
 もしかして雷鳴らいめいか?

 あわてて空を見上げると、僕がいるこの大聖堂あたりは晴れてはいたが、真っ黒い雲が朝見た時よりも、一段とこちらへせまってきているのを確認できた。

 この分だと、儀式ぎしき終了まで晴天は持たないかもしれない

 しかも雲の色は、尋常じんじょうじゃない黒さだ
 天候てんこう大荒おおあれになるかも

 そうなったら、諸侯しょこうらは大聖堂内にいるから心配ないが、いの者たちは、外に設置された簡易かんいテント内にひかえなければならない

 それではきっと風雨にさらされてしまうだろう……どこか別の場所へ移動させなければ!

 そう判断した僕は、他の神官たちに、この件を知らせようと、ゆるめかけた足に再度、速度を乗せた。

 大聖堂の外観がいかんを見て安堵あんどしたせいか、僕の足の運びは、随分ずいぶんと軽くなる。

 我ながら自身の単純さに苦笑くしょうを浮かべつつ、そろそろ大聖堂の入口が見えてきた所で、再び僕の足は止まった。

 なんで、またここでも、人だかりができているんだろう?

 その光景に不信感を覚えて、僕は思わず最後尾さいこうびにいる人にたずねる。

「こんなに人が集まっているのは、なぜですか?
 何かありました?」

 いきなり僕が話しかけたので、そのかたはかなり驚かれてはいたが、こころよく答えてくれた。

「大聖堂内に入れなくて、足止めされているのです」

 ウソだろ?!
 大聖堂に入れない?

「昼食の関係があるとはいえ、確か王様に拝謁はいえつし終えた方から、大聖堂にて待機たいきしても良いとお聞きしてますが……」

 今日の段取だんどりを頭に浮かべながら、僕がそう返すと、そのかた困惑こんわくした表情を浮かべ、声をひそめて、さらに教えてくれる。

「なんでも、王都周辺の上位貴族の方が入場されてから、我々、地方の者が入る手筈てはずになっていると伝えられまして……」

「そんなこと、初めてお聞きしますが!?」

 驚きにあまり思わず僕は、その方にめ寄ってしまう。

「まぁまぁ、落ち着いてください。

 何でも、あの流行の女神とも呼ばれている、ローサ様のご命令だとか。
 王妃様にいで力があるローサ様にそう言われてしまうと、地方の諸侯しょこうである我々は、したがうしかないのです。

 ほら、あなたも落ち着いて、一緒に待ちましょう」

 そうおだやかに言われると、王族としての身分があるだけで、ローサのように立派な活動実績じっせき知名度ちめいどもない僕としては、何も言い返せなかった。

 領地りょうちからわざわざ王都に出向き、さらに王様と拝謁はいえつし、移動や緊張きんちょうなどで疲れている人々に、ローサはなんでそんな命令を出すんだろう?

 身分の差はあるかもしれないが、あまりにも理不尽りふじんすぎないか!

 この状況をすぐ打破だはできる手を僕は持っていないため、心の中で行き場のない怒りをプスプスとくすぶらせるしかない。

 焦燥しょうそうのあまり身体からだがユラユラとふるえてきた僕の肩に、何かがポトリと落ちてきた。
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