「運命の番」だと胸を張って言えるまで

第3章 王宮生活<始動編>

34、新たな出会い<中>

　慌あわてて振り返ると、そこには、僕に水やりを命じた大柄おおがらの神官様が着ていた色よりも、さらに薄い水色の、ほぼ白に近い神官服を着た男性が立っていた。
　体格がスラリとしているせいか、背がすごく高くみえる。
　青みががった髪を胸まで伸ばしており、僕は何故なぜか、その人から不思議な透明感を感じた。

　えっ？
　人だよね？

　確かめるためにも、しばらくその人と僕は見つめあってしまった。
　相手も驚いているようで、忙せわしなく瞬まばたきをしている。

　あぁ、整ととのった顔立ちに、全く表情が乗っていなかったから、人かどうか判断に迷ってしまったんだな

　僕は自分の感じ方にそう答えを出した後、別の意味で、冷や汗が噴ふき出してきた。

　うそっ！
　人がいた！！

　祈りに集中し過ぎたせいか、全然気配けはいを感じなかったが、今の僕が置かれた状況はかなりマズかった。
　なんせ、誰にも許しを得ていない無断侵入しんにゅうなのだから。
　慌あわてて僕は、その場に再度跪ひざまずき、今度は頭を深く下げ、すぐさま謝った。

「勝手に使ってしまい、申し訳ありません」

　その方は、しばらく無言であったが、やがて静かに、もっともな疑問を口にされた。

「どうやってこの中に入ったのだ？」

　これ以上不信感を抱いだかれたくない僕は、すぐさま答えた。

「いつも鍵は、かかっていなかったのでつい……」

「鍵が、かかってなかっただと？
　いつも？」

　訝いぶかしげな声で、その神官様は僕の回答を繰くり返した。

「はい、そうです。
　いつも鍵は、かかっていなかったので、自由に誰でも利用できると思い、使わせていただきました。
　勝手に判断してしまい、大変申し訳ございません」

　僕は叱責しっせきを覚悟して、さらに身体を縮ちじこませた。

「別に怒っているわけではない。
　だから立ちなさい」

　見つかったのが、寛大かんだいな方で良かった～

　まだ、バクバクしている心臓の上に手を添そえながら、僕は言われた通り、ゆっくりと立ち上がる。

「ここの教会は、どういう仕組みか私にも分からないが、入る者を選ぶようだ。
　すんなり入れるってことは、許されたのだろう」

　また元の無表情に戻って、その方は淡々たんたんとした声で教えてくれた。

　入る者を選ぶ？

　どういうことか詳くわしく説明して欲しかったが、勝手にこの場所を使ったことを、問い詰つめられたくない僕は、もう一度頭をペコッと下げると、急いでこの場を離れようとした。

「待ちなさい」

　引き止められて、僕は肩をビクッと震ふるわせながら、その方を恐る恐る振り返った。

「もう一度、神に祈ってみてくれないか？」

「あっ……はい……」

　無理難題なんだいは言われなかったが、思ってもみなかったことを言われ、僕は戸惑とまどいながらも、もう一度、祭壇さいだんに向かい跪ひざまずいた。
　だけど、背後はいごから強い視線を感じ、僕はなかなか祈りに集中出来ず、困ってしまう。
　一旦いったん無理に祈るのを諦あきらめて、祭壇さいだんをボーッと眺ながめているうちに、段々と集中力が戻ってきて……ようやくいつものように祈り終えた。

　跪ひざまずいたまま、僕が後ろを振り返ると、両腕を組み、何やら難しい顔をされた、その方に質問された。

「祈り終える頃、そなたの全身が光ったように私には見えたが、身に覚えはないか？」

　全身が光る？
　ウソだろっ！！

　今度は僕が怪訝けげんな顔をしながら、質問に答えた。

「幼少期から、祈っていますが……全身が光るなど言われたことはありません。
　ただ言われてみると、確かに祈り終わる時は、微かすかに全身が熱で包まれる感じがしますが……それだけです。
　あと……感じる熱は不快ではなく、むしろ心地良さと爽快感そうかいかんを感じます」

　聞かれたことに素直に答えたつもりだったが、その方は難しい顔を崩くずされなかった。
　しばらくの間、沈黙に支配され、とても気まずい。
　膝ひざも痛くなってきたし、そろそろ立ち上がって帰ろうかなぁと僕が思い始めた時、ようやくその方が口を開いた。

「私も一緒に祈ってもいいだろうか？」

「は……はぁ？」

　またしても想定外のことを言われ、失礼ながら僕は驚きの声を上げてしまった。

「そなたがここで祈る時に、私も後ろで一緒に神に祈りを捧ささげげたいのだ。
　いいだろうか？」

　もう一度同じことを言われたら、断る理由が僕にはない。

「はっ……はい、それは別に構いませんが……あのぉ……そのぉ……」

　ただ初対面の人とどうやって待ち合わせる？
　というか、この方はどなただろう？

　どれから質問しようかとモゴモゴしていたが、その方から話しかけてくれたから、正直僕は助かった。

「我が名はセリムという。
　普段は教会本部にいる。
　そなたはここから見える庭園の水やりの後、ここに立ち寄っているようだな。
　本部からも、あの庭園は見えるから、そなたの姿が見えたら、私もここに来よう。
　ただ場合によっては、来れない時もある。
　その時はすまない」

　その方、セリム様は、要件だけ僕に伝えると、静かに退室された。
　僕はその姿を、黙って見送ったが、何とも不思議な感覚に……いつまでも囚とらわれたままだった。