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第3章 ウワサの行方(ゆくえ)
26、早朝の訪問者<後>
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マーガレットは、刺繍という言葉が出た時点で、群集観察を止めて、本来の正面である壁面に向き直り、ひたすら下を向いていた。
だから、幸いなことに、直接、群集光線の威力を受けなかったが……見なくても、自身の背中を焦がしそうな熱線を感じる。
今すぐ直せって!
なんて横暴な!!
今、手元にある、この仕事も超急ぎなのに!!!
マーガレットが心の中で文句を言っている間に、大先輩はカツカツと足音を立てて到着したようだ。
大先輩の気配を感じた途端、マーガレットの俯いた視線の先にもキチンと入るかのように、件のムチャ振りオーダーである上衣が、恭しく置かれる。
「というわけで、今すぐよろしくね」
一方的な命令に、マーガレットが大先輩に顔を向けると、大先輩はいつも以上に有無を言わせぬ眼光をギラつかせ、マーガレットを睨んでいた。
でたぁ!
これが、あの伝説の、捕食前の大蛇の一睨み!
だけど、マーガレットもここで負けるわけにはいかなかった。
逆らえないのは分かっているが、手持ちの仕事もパンパンな今、ひと言だけでも、文句を言いたい!
「あの……」
マーガレットが、勇気を振り絞って口を開いた瞬間、大先輩は眼光の鋭さそのままに、口角だけを上げ、側から見ると、まるで笑みを浮かべているかのように見せかけながら、非常に低く濁った声で、マーガレットにだけ聞かせるように、こう言い放った。
「あぁん、何だってぇ?」
「はっ……はいっ、今すぐやりますっっ」
もちろん、格下のマーガレットは、震えながら、従うしかない。
だが、一撃で負けた悔しさのあまり、せめてもの抵抗として、マーガレットは、胸の中で神に祈りを捧げた。
大先輩の顔に、シワがもう一本、増えますように
3回素早く、この最強呪文を唱えたマーガレットは、観念して、差し出された上衣を手にした。
修繕箇所をザッと確認した後、オーダー通り、その場しのぎの修繕を手早く行う。
そのマーガレットの鮮やかな手法に、さすがの大先輩からも、賞賛の声が上がった。
「メイクはいつまでたってもド下手なのに、刺繍と裁縫の腕前は、いつでも見事なものね」
前半部分は聞き流し、後半の褒め言葉だけ受け取ったマーガレットは、気分よく、ものの数分でオーダーに応え、大先輩へ預かった上衣を返却した。
修繕が済んだ上衣を受け取った大先輩は、これまたマーガレットが今まで見たこともないスピードで、エドワード様のもとへ引き返していく。
大先輩の移動と共に、そろそろ背中を真っ黒に焦がしかけていた大勢の視線も、やっと、マーガレットから離れていった。
はぁ~、集中力、ゴッソリ持っていかれたわ
自分で肩をトントンと叩いて席に座り直したマーガレットだったが、これで終わりとはならなかった。
なぜなら、すぐさま、また大先輩から声をかけられたからだ。
「マーガレット、こちらへいらっしゃい。
あなたの見事な腕前に、エドワード様が直接お礼を言いたいそうよ」
この大先輩の呼びかけと共に、やっと剥がれたと思ったギャラリーたちの鋭い視線の束が、今度こそ、マーガレットの身体を撃ち抜くように、再度浴びせられる。
いやいやいや、そんな名誉、辞退させていただきますから!
この羨望という感情が乗せられた、毒矢のような皆んなの視線で、マーガレットは、もはや息の根を止められる寸前だ。
なので、左右大きくブンブンと首を横へ振り、断りの意を表しながら、さらに奥の壁際へと後退ろうとしたが……残念ながら、それは許されなかった。
「何しているの!
エドワード様をお待たせするなんて、失礼なことよ。
早くこちらへ来なさい、マーガレット!」
大先輩の一喝と共に、目は嫉妬の炎でさらにギラつかせながらも、城内イチのモテ男、エドワード様の不興を買ってはならぬとばかりに、マーガレットは同僚に囲まれる。
混乱したマーガレットは、手足をバタつかせて抵抗してみたが、大勢の力技に敵うわけもなく、揉みくちゃにされながら、エドワード様のもとへと、強制的に運ばれた。
ドンっ!
最後に誰かの手によって、勢いよく身体を押されたマーガレットは、何か大きな、だが、程良い硬さを持つ、マットみたいなモノにぶつかって止まる。
「キャッ!!」
マーガレットは顔面からの衝突を回避するために、咄嗟に、折りたたんだ両手を胸の前に突き出し、少しばかりの膨らみを持つ、何かを鷲掴みして、衝撃を堪えた。
うん?
このモチっとした弾力、なぜか覚えがある?
驚いたマーガレットが、パッと顔を上げると、目の前に、どことなく見覚えがあるイケメンが、 1ミリも表情を動かさないまま、突然胸許に飛び込んできたマーガレットの身体をまるで想定していたかのように、しっかりと、なんならガッチリと両腕で囲いこみながら、マーガレットの顔を覗きこんできた。
だから、幸いなことに、直接、群集光線の威力を受けなかったが……見なくても、自身の背中を焦がしそうな熱線を感じる。
今すぐ直せって!
なんて横暴な!!
今、手元にある、この仕事も超急ぎなのに!!!
マーガレットが心の中で文句を言っている間に、大先輩はカツカツと足音を立てて到着したようだ。
大先輩の気配を感じた途端、マーガレットの俯いた視線の先にもキチンと入るかのように、件のムチャ振りオーダーである上衣が、恭しく置かれる。
「というわけで、今すぐよろしくね」
一方的な命令に、マーガレットが大先輩に顔を向けると、大先輩はいつも以上に有無を言わせぬ眼光をギラつかせ、マーガレットを睨んでいた。
でたぁ!
これが、あの伝説の、捕食前の大蛇の一睨み!
だけど、マーガレットもここで負けるわけにはいかなかった。
逆らえないのは分かっているが、手持ちの仕事もパンパンな今、ひと言だけでも、文句を言いたい!
「あの……」
マーガレットが、勇気を振り絞って口を開いた瞬間、大先輩は眼光の鋭さそのままに、口角だけを上げ、側から見ると、まるで笑みを浮かべているかのように見せかけながら、非常に低く濁った声で、マーガレットにだけ聞かせるように、こう言い放った。
「あぁん、何だってぇ?」
「はっ……はいっ、今すぐやりますっっ」
もちろん、格下のマーガレットは、震えながら、従うしかない。
だが、一撃で負けた悔しさのあまり、せめてもの抵抗として、マーガレットは、胸の中で神に祈りを捧げた。
大先輩の顔に、シワがもう一本、増えますように
3回素早く、この最強呪文を唱えたマーガレットは、観念して、差し出された上衣を手にした。
修繕箇所をザッと確認した後、オーダー通り、その場しのぎの修繕を手早く行う。
そのマーガレットの鮮やかな手法に、さすがの大先輩からも、賞賛の声が上がった。
「メイクはいつまでたってもド下手なのに、刺繍と裁縫の腕前は、いつでも見事なものね」
前半部分は聞き流し、後半の褒め言葉だけ受け取ったマーガレットは、気分よく、ものの数分でオーダーに応え、大先輩へ預かった上衣を返却した。
修繕が済んだ上衣を受け取った大先輩は、これまたマーガレットが今まで見たこともないスピードで、エドワード様のもとへ引き返していく。
大先輩の移動と共に、そろそろ背中を真っ黒に焦がしかけていた大勢の視線も、やっと、マーガレットから離れていった。
はぁ~、集中力、ゴッソリ持っていかれたわ
自分で肩をトントンと叩いて席に座り直したマーガレットだったが、これで終わりとはならなかった。
なぜなら、すぐさま、また大先輩から声をかけられたからだ。
「マーガレット、こちらへいらっしゃい。
あなたの見事な腕前に、エドワード様が直接お礼を言いたいそうよ」
この大先輩の呼びかけと共に、やっと剥がれたと思ったギャラリーたちの鋭い視線の束が、今度こそ、マーガレットの身体を撃ち抜くように、再度浴びせられる。
いやいやいや、そんな名誉、辞退させていただきますから!
この羨望という感情が乗せられた、毒矢のような皆んなの視線で、マーガレットは、もはや息の根を止められる寸前だ。
なので、左右大きくブンブンと首を横へ振り、断りの意を表しながら、さらに奥の壁際へと後退ろうとしたが……残念ながら、それは許されなかった。
「何しているの!
エドワード様をお待たせするなんて、失礼なことよ。
早くこちらへ来なさい、マーガレット!」
大先輩の一喝と共に、目は嫉妬の炎でさらにギラつかせながらも、城内イチのモテ男、エドワード様の不興を買ってはならぬとばかりに、マーガレットは同僚に囲まれる。
混乱したマーガレットは、手足をバタつかせて抵抗してみたが、大勢の力技に敵うわけもなく、揉みくちゃにされながら、エドワード様のもとへと、強制的に運ばれた。
ドンっ!
最後に誰かの手によって、勢いよく身体を押されたマーガレットは、何か大きな、だが、程良い硬さを持つ、マットみたいなモノにぶつかって止まる。
「キャッ!!」
マーガレットは顔面からの衝突を回避するために、咄嗟に、折りたたんだ両手を胸の前に突き出し、少しばかりの膨らみを持つ、何かを鷲掴みして、衝撃を堪えた。
うん?
このモチっとした弾力、なぜか覚えがある?
驚いたマーガレットが、パッと顔を上げると、目の前に、どことなく見覚えがあるイケメンが、 1ミリも表情を動かさないまま、突然胸許に飛び込んできたマーガレットの身体をまるで想定していたかのように、しっかりと、なんならガッチリと両腕で囲いこみながら、マーガレットの顔を覗きこんできた。
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