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決意した日
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マリアはぽつりぽつりと自分の置かれた状況を話す。
「治癒師には薬をいただいていて、なるべく女性オーラを上げる生活をするように言われているのだけど、正直私には無理だったの」
サラは首を傾げる。
「どういうこと? 治療が無理なの?」
「ううん。私にはこの生き方を変えることができなかったの。狂狼に襲われたとき、私は自らの意思で剣を握ったの」
「それは仕方がないでしょう? まわりの人たちを守るためだったんだもの。国王陛下からも勲章をいただいて、素晴らしいことをしたと思うわよ」
マリアは組んだ両手にぎゅっと力を入れて、小さく首を横に振る。
「違うの。私……あのとき、エディとともに戦いの場へ出ることを心の底から喜んでいたの。正義感とか使命感とか、そういったものよりもずっと、戦闘を楽しんでいたのよ」
結局、マリアの本心は女性らしさを身につけることではなかったのだ。
エディもあの場でそれを悟ったに違いない。
「こんなこと、普通の女性は思わないでしょう?」
マリアは呆れ顔で苦笑した。
サラはしばらくマリアに同情の目を向けていたが、やがて眉をひそめて訊ねた。
「ねえ、そのことをエディに言ったの?」
マリアは鬱々とした表情のまま、ぼそぼそと答える。
「言わなきゃいけないと、何度も思ったわ。公爵家の跡継ぎが産めないかもしれない。そのことを話して、別れることも考えたのだけど……」
「そうじゃない! マリア、そうじゃないのよ!」
いきなりサラが声を荒らげたので、マリアは驚き、目を丸くした。
サラは腕を組み、呆れ顔でため息をつく。
そしてマリアを少し睨むように見て、強い口調で話す。
「あなた、このことをずっとひとりで抱え込んでいたの? エディに内緒で隠れて治癒師のところに通っていたの?」
「ええ、だって心配をかけてしまうもの。治せるなら自力で治したいと思ったの。けれど、私は結局女らしい道を選択しなかったのよ」
サラはため息まじりに何度も首を横に振る。
「そんなこと、エディは気にしないわ。あなたならわかるでしょう?」
「わかるわ。きっと私がこのことを理由に別れ話をしても、彼は拒否すると思うわ。だからこそ、言えなかったの。どうせ別れないのなら、せめて余計な心配を彼にさせることなく治療したくて……」
サラの表情には少しばかり怒りが滲み出ていた。
「マリア。あなた、その顔で結婚式をするつもり?」
「え?」
「ぜんぜん幸せそうじゃないもの。いくら笑顔を取り繕っても、まわりは気づくわよ」
サラに指摘され、マリアは不安げな表情で頬に手を当てる。
「……そう、かしら」
それを見たサラは困惑と呆れのこもった複雑な表情で嘆息し、苦笑した。
これ以上責めることなく、やんわりと穏やかな口調でマリアに言う。
「エディに言いなさい。抱えていることを全部、話すの。これから一生一緒にいる相手に、ずっと隠しごとをしておくつもり?」
マリアはこくんとうなずく。
「……ええ、そうね。話さなければいけないわね」
サラはもう笑顔だった。
マリアに優しく声をかける。
「大丈夫よ。あなたたち、幼い頃からずっと一緒だったでしょ。誰よりもわかり合えるはずよ。それをずっと見守っていた私が言うんだから間違いないわ」
マリアは涙ぐみながら微笑む。
吐き出せてしまえたことがよかったのだ。
マリアの心はずいぶんと軽くなっていた。
「ありがとう、サラ」
サラが返事の代わりに笑顔を返すと、マリアも久しぶりに心から笑った。
そして、マリアはひそかに決心したのだった。
「治癒師には薬をいただいていて、なるべく女性オーラを上げる生活をするように言われているのだけど、正直私には無理だったの」
サラは首を傾げる。
「どういうこと? 治療が無理なの?」
「ううん。私にはこの生き方を変えることができなかったの。狂狼に襲われたとき、私は自らの意思で剣を握ったの」
「それは仕方がないでしょう? まわりの人たちを守るためだったんだもの。国王陛下からも勲章をいただいて、素晴らしいことをしたと思うわよ」
マリアは組んだ両手にぎゅっと力を入れて、小さく首を横に振る。
「違うの。私……あのとき、エディとともに戦いの場へ出ることを心の底から喜んでいたの。正義感とか使命感とか、そういったものよりもずっと、戦闘を楽しんでいたのよ」
結局、マリアの本心は女性らしさを身につけることではなかったのだ。
エディもあの場でそれを悟ったに違いない。
「こんなこと、普通の女性は思わないでしょう?」
マリアは呆れ顔で苦笑した。
サラはしばらくマリアに同情の目を向けていたが、やがて眉をひそめて訊ねた。
「ねえ、そのことをエディに言ったの?」
マリアは鬱々とした表情のまま、ぼそぼそと答える。
「言わなきゃいけないと、何度も思ったわ。公爵家の跡継ぎが産めないかもしれない。そのことを話して、別れることも考えたのだけど……」
「そうじゃない! マリア、そうじゃないのよ!」
いきなりサラが声を荒らげたので、マリアは驚き、目を丸くした。
サラは腕を組み、呆れ顔でため息をつく。
そしてマリアを少し睨むように見て、強い口調で話す。
「あなた、このことをずっとひとりで抱え込んでいたの? エディに内緒で隠れて治癒師のところに通っていたの?」
「ええ、だって心配をかけてしまうもの。治せるなら自力で治したいと思ったの。けれど、私は結局女らしい道を選択しなかったのよ」
サラはため息まじりに何度も首を横に振る。
「そんなこと、エディは気にしないわ。あなたならわかるでしょう?」
「わかるわ。きっと私がこのことを理由に別れ話をしても、彼は拒否すると思うわ。だからこそ、言えなかったの。どうせ別れないのなら、せめて余計な心配を彼にさせることなく治療したくて……」
サラの表情には少しばかり怒りが滲み出ていた。
「マリア。あなた、その顔で結婚式をするつもり?」
「え?」
「ぜんぜん幸せそうじゃないもの。いくら笑顔を取り繕っても、まわりは気づくわよ」
サラに指摘され、マリアは不安げな表情で頬に手を当てる。
「……そう、かしら」
それを見たサラは困惑と呆れのこもった複雑な表情で嘆息し、苦笑した。
これ以上責めることなく、やんわりと穏やかな口調でマリアに言う。
「エディに言いなさい。抱えていることを全部、話すの。これから一生一緒にいる相手に、ずっと隠しごとをしておくつもり?」
マリアはこくんとうなずく。
「……ええ、そうね。話さなければいけないわね」
サラはもう笑顔だった。
マリアに優しく声をかける。
「大丈夫よ。あなたたち、幼い頃からずっと一緒だったでしょ。誰よりもわかり合えるはずよ。それをずっと見守っていた私が言うんだから間違いないわ」
マリアは涙ぐみながら微笑む。
吐き出せてしまえたことがよかったのだ。
マリアの心はずいぶんと軽くなっていた。
「ありがとう、サラ」
サラが返事の代わりに笑顔を返すと、マリアも久しぶりに心から笑った。
そして、マリアはひそかに決心したのだった。
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