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シエル視点
66、兄弟の本音【シエル視点】
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「君はいい加減に父親の呪縛から解かれるべきだよ。たしかに僕が父をひとり占めしたことは否定しない。けれど、君はこの国の王だ。父と同じようにする必要はない。君のやり方でやればいいんだ」
ノゼアンは冷たい表情をシエルに向ける。
彼がこれほど感情を表に出すのはめずらしい。
シエルは「何を言っているんだ」と苦々しい顔つきになる。
「君が酒に溺れているときはだいたい父のことを考えているときだ」
「論点がずれているぞ。俺はそんなことを話しに来たんじゃない」
冷静なシエルとは対照的に、ノゼアンは声を荒らげる。
「この際だから全部言っておかないとね。君は先代王が生きていた頃の王宮を知らない。毎日誰かが暗殺されるんだ。幼少の頃からずっと血を見ない日はなかった。地獄だよ。いつ自分が殺されるかわからない恐怖の中で生きているんだ。僕は君がうらやましかった。王宮から離れて暮らし、そして僕がどうやっても手に入らない強さを得て、僕がなりたかった姿に君はなったんだ」
ノゼアンは鼻で笑う。
今までの冷静沈着な彼の姿はもうどこにもない。
感情を爆発させて、まるで自分を見ているようだとシエルは思った。
「感情的になることほど無駄なことはないと、僕は思っていた。だから、君への嫉妬心なんか制御できたし、王宮を守るためなら感情を殺すことだってできた。でも、無縁だと思っていた恋愛事に関してはそうもいかなった」
シエルは静かに訊ねる。
「アクアのことか?」
「死ぬまで黙っているつもりだったんだけどね。死にかけるとどうしても、後悔しちゃって」
シエルが黙り込むと、ノゼアンはクスッと笑った。
「シエルは僕と違って純粋で優しいから、兄のために譲ってくれるものと思っていたんだけどね。どうせ僕はもうすぐ死ぬんだから、黙っていてもそのあと手に入るでしょ?」
やけに笑顔でそんなことを言うノゼアンを見て、シエルは完全に見透かされていて気分が悪くなる。
「気に入らん。俺はこそこそするのは性に合わん。堂々とお前から奪いたい」
「ふうん。可哀想な兄に譲ってくれないんだ」
「王位なら譲ってやる。だが、アクアは譲ってはやれん」
シエルがそう言うと、ノゼアンは声を出して笑った。
「びっくりしちゃった。シエルが女の子に本気になるなんてね」
「それはこっちのセリフだ。お前が女に感情を持つとはな」
「ほんと、シエルって単純だなあ。君みたいな王で大丈夫かなって僕は心配だよ」
「うるさい。お前がそうしたんだろうが」
「うん。王の座を降りることは許さないよ。それだけは血反吐を吐いてでも続けてもらう。そのためにアクアを指導しているんだ。君のとなりで支えになってもらうために」
シエルはふんっと鼻を鳴らす。
これ以上話しても堂々巡りだ。
無駄な時間だったとは思うが、ノゼアンの本心が聞けたことは悪くなかった。
今まで何を考えているのかさっぱりわからなかったから。
ノゼアンにも人間らしい感情はあったのだなとシエルは思った。
「少し寝てもいい? 疲れちゃったから」
そう言ってノゼアンは横になる。
「悪かったな。見舞いのつもりが悪化させるようなことをした」
「わかってて来たくせに。ああ、そうだ。可愛い弟にひとつだけ教えてあげる」
可愛いと言われて苛立ったシエルは嫌悪の表情で振り返る。
すると、ノゼアンはにっこり笑って言った。
「アクアの好きな男は僕じゃないよ。だから、君が嫉妬する相手は僕じゃない」
「何を言っているんだ? お前じゃなければ一体誰……」
シエルはひとつの可能性を思い浮かべて怪訝な表情をする。
いや、そんなはずはないだろうと思ったが、ノゼアンがさらに付け加えた。
「アクアは君と愛のない夫婦関係になると思い込んでいるよ。これ以上傷つけないであげてよ」
シエルはノゼアンの言葉に絶句した。
しばらく突っ立ったまま、床に視線をやっている。
『好きな子には好きだって言わないと伝わらないですよ』
ベリルの言葉を思い出し、シエルは苦笑する。
「何だそれ、かっこわりぃ」
だが、言わねばならないのだろう。
シエルはくるりと振り返り、妙に穏やかな気持ちでノゼアンに告げる。
「そうだ。お前の病に効く薬を隣国で見つけた。早急に手に入れるよう医師に手配させたぞ」
「本当? すごいね。ありがとうシエル」
ノゼアンは驚き、そして満面の笑みを浮かべた。
「君が王である利点は強さだけじゃないんだ。人に寄り添える人間だからだよ」
「何を言っているんだ?」
「僕は使えなくなった駒は捨てるけど、君はそうじゃない。きっと、この国の未来は変わるよ」
シエルは照れくさそうに顔を背けた。
「変えてやるよ。俺の子がお前のような思いをしないように」
「うん。そうして」
シエルはノゼアンの部屋を出たあと、静かにひとり笑みを浮かべた。
兄に宣戦布告をしに来たはずだったのに、妙に晴れやかな気分になっていた。
ノゼアンは冷たい表情をシエルに向ける。
彼がこれほど感情を表に出すのはめずらしい。
シエルは「何を言っているんだ」と苦々しい顔つきになる。
「君が酒に溺れているときはだいたい父のことを考えているときだ」
「論点がずれているぞ。俺はそんなことを話しに来たんじゃない」
冷静なシエルとは対照的に、ノゼアンは声を荒らげる。
「この際だから全部言っておかないとね。君は先代王が生きていた頃の王宮を知らない。毎日誰かが暗殺されるんだ。幼少の頃からずっと血を見ない日はなかった。地獄だよ。いつ自分が殺されるかわからない恐怖の中で生きているんだ。僕は君がうらやましかった。王宮から離れて暮らし、そして僕がどうやっても手に入らない強さを得て、僕がなりたかった姿に君はなったんだ」
ノゼアンは鼻で笑う。
今までの冷静沈着な彼の姿はもうどこにもない。
感情を爆発させて、まるで自分を見ているようだとシエルは思った。
「感情的になることほど無駄なことはないと、僕は思っていた。だから、君への嫉妬心なんか制御できたし、王宮を守るためなら感情を殺すことだってできた。でも、無縁だと思っていた恋愛事に関してはそうもいかなった」
シエルは静かに訊ねる。
「アクアのことか?」
「死ぬまで黙っているつもりだったんだけどね。死にかけるとどうしても、後悔しちゃって」
シエルが黙り込むと、ノゼアンはクスッと笑った。
「シエルは僕と違って純粋で優しいから、兄のために譲ってくれるものと思っていたんだけどね。どうせ僕はもうすぐ死ぬんだから、黙っていてもそのあと手に入るでしょ?」
やけに笑顔でそんなことを言うノゼアンを見て、シエルは完全に見透かされていて気分が悪くなる。
「気に入らん。俺はこそこそするのは性に合わん。堂々とお前から奪いたい」
「ふうん。可哀想な兄に譲ってくれないんだ」
「王位なら譲ってやる。だが、アクアは譲ってはやれん」
シエルがそう言うと、ノゼアンは声を出して笑った。
「びっくりしちゃった。シエルが女の子に本気になるなんてね」
「それはこっちのセリフだ。お前が女に感情を持つとはな」
「ほんと、シエルって単純だなあ。君みたいな王で大丈夫かなって僕は心配だよ」
「うるさい。お前がそうしたんだろうが」
「うん。王の座を降りることは許さないよ。それだけは血反吐を吐いてでも続けてもらう。そのためにアクアを指導しているんだ。君のとなりで支えになってもらうために」
シエルはふんっと鼻を鳴らす。
これ以上話しても堂々巡りだ。
無駄な時間だったとは思うが、ノゼアンの本心が聞けたことは悪くなかった。
今まで何を考えているのかさっぱりわからなかったから。
ノゼアンにも人間らしい感情はあったのだなとシエルは思った。
「少し寝てもいい? 疲れちゃったから」
そう言ってノゼアンは横になる。
「悪かったな。見舞いのつもりが悪化させるようなことをした」
「わかってて来たくせに。ああ、そうだ。可愛い弟にひとつだけ教えてあげる」
可愛いと言われて苛立ったシエルは嫌悪の表情で振り返る。
すると、ノゼアンはにっこり笑って言った。
「アクアの好きな男は僕じゃないよ。だから、君が嫉妬する相手は僕じゃない」
「何を言っているんだ? お前じゃなければ一体誰……」
シエルはひとつの可能性を思い浮かべて怪訝な表情をする。
いや、そんなはずはないだろうと思ったが、ノゼアンがさらに付け加えた。
「アクアは君と愛のない夫婦関係になると思い込んでいるよ。これ以上傷つけないであげてよ」
シエルはノゼアンの言葉に絶句した。
しばらく突っ立ったまま、床に視線をやっている。
『好きな子には好きだって言わないと伝わらないですよ』
ベリルの言葉を思い出し、シエルは苦笑する。
「何だそれ、かっこわりぃ」
だが、言わねばならないのだろう。
シエルはくるりと振り返り、妙に穏やかな気持ちでノゼアンに告げる。
「そうだ。お前の病に効く薬を隣国で見つけた。早急に手に入れるよう医師に手配させたぞ」
「本当? すごいね。ありがとうシエル」
ノゼアンは驚き、そして満面の笑みを浮かべた。
「君が王である利点は強さだけじゃないんだ。人に寄り添える人間だからだよ」
「何を言っているんだ?」
「僕は使えなくなった駒は捨てるけど、君はそうじゃない。きっと、この国の未来は変わるよ」
シエルは照れくさそうに顔を背けた。
「変えてやるよ。俺の子がお前のような思いをしないように」
「うん。そうして」
シエルはノゼアンの部屋を出たあと、静かにひとり笑みを浮かべた。
兄に宣戦布告をしに来たはずだったのに、妙に晴れやかな気分になっていた。
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