お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ

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シエル視点

65、お前には譲れない【シエル視点】

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 ノゼアンの城へ挨拶もなくズカズカと入るシエルに、使用人たちは慌てた。
 いつもならシエルは周囲に声をかけるのに、今日は誰とも目を合わさず、まっすぐノゼアンの部屋へ向かったのである。

「お待ちください、陛下。ノゼアンさまは今、医師の診察を受けておいでです」
「なら、終わるまで待つ」

 シエルはそう言って部屋の前で、腕を組んで立った。
 使用人たちはどうすればいいのか狼狽えているようだ。
 やがて扉が開いて医師が出てきた。


「診察は終わりました。どうぞ、お部屋へお入りください」

 そう言われたシエルが部屋に入ると、ベッドの上で上半身を起こしたノゼアンが笑顔で迎えた。

「やあ、シエル。久しぶりだね」

 シエルはノゼアンの言葉を無視して、使用人たちに命じる。


「全員、出ていけ。俺がいいと言うまで誰も部屋に入るな」

 使用人たちは怪訝な表情でノゼアンを見つめる。
 すると、ノゼアンが笑顔で言った。


「大丈夫。僕の弟は変なことはしないよ」

 使用人たちはおずおずと部屋を出ていく。
 それを見たシエルはちっと舌打ちした。

「あいつら、俺を危険人物とでも思っているのか?」
「まあ、その認識は間違ってないね」
「お前……」

 シエルが苛立ちながら半眼で見つめると、ノゼアンはあははと笑った。


「で、何の用? 僕の見舞いというわけでもないんでしょ?」
「ああ、単刀直入に言う。お前にアクアは譲れない」

 ノゼンアは呆気にとられて目を丸くする。
 それからまた声を出して笑った。


「譲るも何も、アクアは君の妃だ。僕にはどうにもできないよ」
「俺は、アクアの心もお前にやるつもりはない」
「どういうこと?」

 ノゼアンは面白そうに訊ねる。


「お前が望むならアクアの心だけはやってもいいと思っていた。どうせ、あいつは王妃になることが決まっている。だが、それも気に食わない」

 ノゼアンは真顔で黙ったままシエルを見つめる。
 シエルは少々感情的に話す。


「お前は俺から父を奪った。幼少の俺から住処も奪った。俺の母はそのせいで病気になった。お前は俺にないものを全部持っている。これ以上奪われるのはごめんだ」

 シエルの言葉にノゼアンはすぐさま冷静に返す。

「それを言うなら君は僕の王位を奪った。幼少の僕とは違って君は暗殺とは無縁の場所で育った。僕にはない強靭な身体と無敵の強さを持っている」

 シエルは眉根を寄せてノゼアンを見つめる。


「僕は命だって奪われそうになっているんだ。これ以上僕から奪えるものなんてないんだよ」

 ノゼアンはめずらしく感情的になってシエルを睨むように見ている。
 シエルも負けてはいない。眼力だけはシエルに勝てるものはいない。
 だが、シエルは眉根を寄せて少し困惑の表情になった。


「だから同情しろと言うのか?」
「まさか。君がうるさいから真似して僕も吐き出しただけだよ。黙っているつもりだったのね」

 ノゼアンはシエルを真顔で見据えて淡々と続ける。


「君に僕の気持ちがわかるわけないでしょ? 死を前にしてすべてを失う。未来さえも。そして愛する人の心さえ、手に入らないんだ」

 シエルは眉をひそめる。
 前半の言い分は理解できるが後半はよくわからない。
 ノゼアンはアクアの心を手に入れているはずだ。
 だからこそ、こんな弱っている兄に宣戦布告をしに来たというのに。



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