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シエル視点
53、彼女が可愛すぎてしねる【シエル視点】
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その夜、シエルは緊張しながらアクアの部屋を訪れることになった。
今まで剣術にしか興味のなかったシエルは女相手の経験があまりにも少ないのである。
だが、絶対に知られたくない。
ここは平静に、王としての家厳を保ち、スムーズに事を進めなければならない。
そもそもこんなことになったのは周囲がうるさいからだ。
『好きな子には好きだって言わないと!』
などとベリルに言われたことを気にしている。
『早く正妃として扱ってあげなきゃだめだよ』
などとノゼアンにも言われている。
そうだ。昼間確かにアクアは正妃になることを承諾した。
だったらもう、行動に移すのみだ。
言葉で言わずとも行動すれば理解できるだろう、とシエルは考えていた。
つまり、夜を過ごせば好きだという気持ちが伝わると思っている。
再びベリルの言葉が頭の中をこだまする。
『好きな子には好きだって……』
シエルは「うるさい」とひとり呟く。
(そんな恥ずかしいことが言えるか!)
アクアの部屋を訪れると、彼女はシルクの寝間着を着て笑顔で出迎えた。
近づくとふわっと妖艶な花の香りがした。
アクアの髪も肌もつやつやしている。
シエルは触りたい衝動を何とか抑制し、クールな表情を保つ。
しかし、アクアの次の言葉で崩壊した。
「陛下、お待ちしておりましたわ」
まるで誘うようなセリフ。
シエルは真顔で硬直した。
しかしその胸中は大変動揺している。
(可愛すぎるだろ!!!)
「どうかなさいましたか?」
アクアは首を傾げながら訊ねる。
シエルは心臓が飛び出しそうな衝動に戦場を思い浮かべた。
血生臭い命をかけたあの場所よりも、今のほうが数倍緊張するとはどういうことか。
だが、それは決して表に出さず、あくまで冷静な顔をアクアに向ける。
「少し飲むか?」
と静かに訊ねた。
アクアは「はい」と答えた。
シエルは酒でも飲まないとこの場をどうすることもできない。
バルコニーに面した大きな窓から月明かりがこぼれる。
テーブルにはワインとともにチーズやクラッカー、フルーツの盛り合わせがある。
アクアがシエルのグラスにワインを注ぐと、彼はそれを一気にぐいっと飲み干した。
シエルはアクアの手がわずかに震えていることに気づく。
「どうした? 疲れているのか?」
「え?」
シエルがその手に触れると、アクアは驚いた様子でワインボトルを傾けてしまった。
どぼどぼと中身がアクアのドレスにこぼれる。
「きゃああっ!」
「すまない」
「い、いいえ。私が悪いのです」
「いや、俺が触ったから」
(なぜ、触ったら驚くのだ!?)
疑問に思ったが、今はとにかく急いで拭き取らないとドレスがシミになってしまう。
シエルは素直に思ったことをそのまま口にする。
「とりあえず脱げ」
「ええっ!?」
アクアが真っ赤な顔で仰天すると、シエルはしまったと思った。
「違う。そういう意味じゃない。シミになるだろ」
「わ、わかっておりますわ」
「そうか。じゃあ脱げ」
「き、着替えてきます」
そう言って立ち上がるアクアを目にして、シエルはとっさにその手をつかんだ。
自分でもなぜそうしたのかわからない。
アクアは驚いてシエルを凝視している。
「あ、の……陛下?」
これ以上、理性を保つのは困難だった。
シエルはクールな仮面を静かに剥ぎ捨てる。
「いい。このままで」
「えっ……」
アクアは真っ赤な顔で硬直した。
だが、向こうのほうが理性を保っているようだ。
「シミになってしまいます」
「ならば新しいものを買おう」
「もったいないですわ」
「俺は、今……」
シエルは自分でも情けないような声を出していることに気づく。
しかし、それを自分では制御できなかった。
アクアの手をつかんだまま、彼は切実に訴えるように彼女に言う。
「離れたくない」
そうしてアクアを抱き寄せると、静かに口づけをした。
今度はアクアは嫌がらなかった。
だから、これは同意なのだろうとシエルは思った。
これで、気持ちが通じただろうと思った。
窓から差し込む月明かりの中で、あまりにも広いベッドの上にアクアは横になり、シエルは彼女に覆いかぶさるようにじっとその表情を見つめている。
ちょうど月明かりがアクアの顔を照らして、それがあまりにも妖艶で、シエルはさらに気持ちが高ぶった。
何度かキスをしていると、アクアは急に涙を流した。
シエルはぎょっとして顔を離す。
(嫌だったのか……!)
「あ、ごめんなさい……続けてください」
とアクアはいかにも辛そうな顔で言う。
いきなり泣き出した女にこれ以上できるわけがない。
「いや、すまない。無理強いをした」
シエルはふいっと体を背けてしまった。
そして、ショックのあまり気持ちが萎えている。
(そんなに泣くほど俺のことが嫌いなのか!!)
「今日は歩かせてしまったからな。疲れたのだろう。また今度にしよう」
「え? そんなことはありませんわ。私は何ともないので、どうぞ好きになさってください」
シエルが振り向くと、アクアはうるうるした目で見つめているのだ。
そんな顔で見つめられたら罪悪感がつのってくるというものだ。
「わかった。今夜は添い寝してやる。安心して眠るといい」
そんな思ってもないことを口にした。
するとアクアは安堵したように微笑んで、すぐさま寝入ってしまった。
(そんなに俺が相手だと嫌なのか!!!)
シエルは悶々とする気持ちでアクアのとなりに寝そべった。
アクアの顔を見つめながらその髪を撫でる。
これは失恋したのだろうか。
だが、アクアはもう正妃になることが決まっている。
悪いが手放してやることはできない。
(たとえ、彼女が俺のことを嫌いでも)
シエルは複雑な胸中で浅い眠りに落ちた。
今まで剣術にしか興味のなかったシエルは女相手の経験があまりにも少ないのである。
だが、絶対に知られたくない。
ここは平静に、王としての家厳を保ち、スムーズに事を進めなければならない。
そもそもこんなことになったのは周囲がうるさいからだ。
『好きな子には好きだって言わないと!』
などとベリルに言われたことを気にしている。
『早く正妃として扱ってあげなきゃだめだよ』
などとノゼアンにも言われている。
そうだ。昼間確かにアクアは正妃になることを承諾した。
だったらもう、行動に移すのみだ。
言葉で言わずとも行動すれば理解できるだろう、とシエルは考えていた。
つまり、夜を過ごせば好きだという気持ちが伝わると思っている。
再びベリルの言葉が頭の中をこだまする。
『好きな子には好きだって……』
シエルは「うるさい」とひとり呟く。
(そんな恥ずかしいことが言えるか!)
アクアの部屋を訪れると、彼女はシルクの寝間着を着て笑顔で出迎えた。
近づくとふわっと妖艶な花の香りがした。
アクアの髪も肌もつやつやしている。
シエルは触りたい衝動を何とか抑制し、クールな表情を保つ。
しかし、アクアの次の言葉で崩壊した。
「陛下、お待ちしておりましたわ」
まるで誘うようなセリフ。
シエルは真顔で硬直した。
しかしその胸中は大変動揺している。
(可愛すぎるだろ!!!)
「どうかなさいましたか?」
アクアは首を傾げながら訊ねる。
シエルは心臓が飛び出しそうな衝動に戦場を思い浮かべた。
血生臭い命をかけたあの場所よりも、今のほうが数倍緊張するとはどういうことか。
だが、それは決して表に出さず、あくまで冷静な顔をアクアに向ける。
「少し飲むか?」
と静かに訊ねた。
アクアは「はい」と答えた。
シエルは酒でも飲まないとこの場をどうすることもできない。
バルコニーに面した大きな窓から月明かりがこぼれる。
テーブルにはワインとともにチーズやクラッカー、フルーツの盛り合わせがある。
アクアがシエルのグラスにワインを注ぐと、彼はそれを一気にぐいっと飲み干した。
シエルはアクアの手がわずかに震えていることに気づく。
「どうした? 疲れているのか?」
「え?」
シエルがその手に触れると、アクアは驚いた様子でワインボトルを傾けてしまった。
どぼどぼと中身がアクアのドレスにこぼれる。
「きゃああっ!」
「すまない」
「い、いいえ。私が悪いのです」
「いや、俺が触ったから」
(なぜ、触ったら驚くのだ!?)
疑問に思ったが、今はとにかく急いで拭き取らないとドレスがシミになってしまう。
シエルは素直に思ったことをそのまま口にする。
「とりあえず脱げ」
「ええっ!?」
アクアが真っ赤な顔で仰天すると、シエルはしまったと思った。
「違う。そういう意味じゃない。シミになるだろ」
「わ、わかっておりますわ」
「そうか。じゃあ脱げ」
「き、着替えてきます」
そう言って立ち上がるアクアを目にして、シエルはとっさにその手をつかんだ。
自分でもなぜそうしたのかわからない。
アクアは驚いてシエルを凝視している。
「あ、の……陛下?」
これ以上、理性を保つのは困難だった。
シエルはクールな仮面を静かに剥ぎ捨てる。
「いい。このままで」
「えっ……」
アクアは真っ赤な顔で硬直した。
だが、向こうのほうが理性を保っているようだ。
「シミになってしまいます」
「ならば新しいものを買おう」
「もったいないですわ」
「俺は、今……」
シエルは自分でも情けないような声を出していることに気づく。
しかし、それを自分では制御できなかった。
アクアの手をつかんだまま、彼は切実に訴えるように彼女に言う。
「離れたくない」
そうしてアクアを抱き寄せると、静かに口づけをした。
今度はアクアは嫌がらなかった。
だから、これは同意なのだろうとシエルは思った。
これで、気持ちが通じただろうと思った。
窓から差し込む月明かりの中で、あまりにも広いベッドの上にアクアは横になり、シエルは彼女に覆いかぶさるようにじっとその表情を見つめている。
ちょうど月明かりがアクアの顔を照らして、それがあまりにも妖艶で、シエルはさらに気持ちが高ぶった。
何度かキスをしていると、アクアは急に涙を流した。
シエルはぎょっとして顔を離す。
(嫌だったのか……!)
「あ、ごめんなさい……続けてください」
とアクアはいかにも辛そうな顔で言う。
いきなり泣き出した女にこれ以上できるわけがない。
「いや、すまない。無理強いをした」
シエルはふいっと体を背けてしまった。
そして、ショックのあまり気持ちが萎えている。
(そんなに泣くほど俺のことが嫌いなのか!!)
「今日は歩かせてしまったからな。疲れたのだろう。また今度にしよう」
「え? そんなことはありませんわ。私は何ともないので、どうぞ好きになさってください」
シエルが振り向くと、アクアはうるうるした目で見つめているのだ。
そんな顔で見つめられたら罪悪感がつのってくるというものだ。
「わかった。今夜は添い寝してやる。安心して眠るといい」
そんな思ってもないことを口にした。
するとアクアは安堵したように微笑んで、すぐさま寝入ってしまった。
(そんなに俺が相手だと嫌なのか!!!)
シエルは悶々とする気持ちでアクアのとなりに寝そべった。
アクアの顔を見つめながらその髪を撫でる。
これは失恋したのだろうか。
だが、アクアはもう正妃になることが決まっている。
悪いが手放してやることはできない。
(たとえ、彼女が俺のことを嫌いでも)
シエルは複雑な胸中で浅い眠りに落ちた。
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