お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ

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シエル視点

64、言葉にできるか!【シエル視点】

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 シエルは日々仕事に忙殺され、王宮から出ない日が続いた。

 ノゼアンは何とか山を乗り越え、今はわずかばかり回復傾向にある。
 彼は午前中、アクアに付き添われて庭園を散歩しているらしい。それから体調のいいときは自分の城でアクアに政務の勉強をさせているようだ。
 自分のあとを継がせるために。


 シエルはノゼアンの気持ちを知っている。
 アクアの気持ちもそちらへ向いていると思っている。
 ふたりが想い合っていようが、ノゼアンはもう長くない。
 アクアは絶望に打ちひしがれるだろう。

 短い時間なら、アクアをノゼアンとふたりきりにしてやってもいい。
 どうせこのあとアクアは自分のもとへ来るのだから。


 王宮内ではノゼアンとアクアの仲を噂する者が多かった。
 しかし、妃はもうアクアしかいない。このままアクアがノゼアンと結ばれるようなら、王は別の妃を迎えるのだろうという噂まで立った。
 

「なんて言われてますけど、本当に新しい妃をお迎えになるんですか?」

 執務室でベリルに訊かれて、シエルは「うるさい」とひとこと返した。
 新しい妃など迎えるつもりはないし、正妃や側妃という制度も自分の代でやめることをシエルは決めている。

 この先、王妃はアクアひとりでいい。
 たとえ彼女の心がシエルに向いてなくてもだ。


 シエルの心を見透かしたのか、ベリルがため息をついた。
 そして、彼はなぜかにやにやしながら自分のことを語る。


「俺は今、人生で一番満たされた生活をしているんですよ」

 ベリルの言葉にシエルはぴくりと眉を動かす。

「家に帰ったら愛する人がいるって最高ですよね。今まではめったに会えなかった人が、今は会おうと思えばいつでも会えるんですよ。非番の日は一日中そばにいられるんです。いやあ、結婚っていいですねえ」


 バアンッと机に書類を叩きつけるシエルに、ベリルは驚くでもなく冷静に見つめる。
 シエルは苛立ちを全面に顔に出している。

「のろけるならよそでやれ」
「別にのろけていません。こんな幸せな生活ができるのも陛下のおかげだと妻も言っています」
「黙れ。のろけだ」

 じろりと睨みつけるシエルに対し、ベリルは半眼で見つめる。


「半分は陛下のおかげです。しかしもう半分は俺が自分で手に入れた幸せだと思っています」
「ああ、そうかよ」

 シエルはもう相手にしないように、山のような書類へ目を通す。
 しかし、ベリルは続ける。


「言葉で言わないと伝わらないんですよ。特に、恥ずかしくて必死に隠そうとする人は誤解されやすいと思います」
「何が言いたい?」
 
 シエルは眉をひそめてベリルを睨みつける。


「誰かに遠慮したり、自分に頑なだと、大事なものを失います。だから、俺は陛下が気づく前に行動したんです」
「どういうことだ?」
「ああ、知らなかったんですか。そりゃそうですよね。あなたは剣術のことしか頭になかったんですもんね」
「だから、何だ? お前、殺されたいのか?」

 苛立つシエルを見て、ベリルは深いため息をつく。


「オパールさまは幼少の頃からあなたに好意を抱いていたんですよ」

 シエルは目を見開いて絶句する。
 ベリルは呆れ顔をする。

「まあ、気づいていないでしょうね。昔の俺はそれでも陛下とオパールさまが上手くいくことを祈っていた。でも、あなたはさっぱりその気がないようなので、俺がいただくことにしたんです」

 シエルはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「お前の勘違いだろう?」
「まあ、そう思ってくれててもいいですよ。もう昔のことですしね」
「お前が持ち出してきたんだろう」

 シエルは呆れ顔になる。


「だいたい、俺は態度で示した。拒絶したのは向こうだ」

 アクアはシエルが触れようとしたら泣いてしまった。
 泣くほど嫌なのかとシエルは相当なショックを受けて、あれから夜をともにしても添い寝しかしていない。
 正式な王妃になったら嫌でも相手をしてもらうことになる。

 どれだけ拒絶されようが、王の権限でどうにでもなる。
 しかし、そのことを考えるとシエルは気が乗らないのだった。


「何があったのか知りませんが、言葉にすることは大切だと思います」

 じっと見つめるノゼアンの真剣な表情に、シエルはどうも気後れする。自分の護衛騎士に圧倒されるようなことがあろうとは、思ってもみなかったとシエルは苦笑する。


「お前は一国の王に偉そうな態度を取っていることを自覚しろ」
「首が飛ぶことは覚悟しています」
「オパールが悲しむようなことはしない」
「それはありがたいことです」

 シエルはおもむろに立ち上がり、上着を羽織るとベリルをその場に残して執務室の扉を開けた。


「どちらへ?」
「見舞いだ。お前は残って書類整理でもしておけ」
「え? これ全部俺がやるんですか?」

 ベリルが執務机のとなりに積まれた書類に目をやる。
 シエルはにやっと笑った。


「お前のせいだからな」
「はいはい、やればいいんでしょ。護衛騎士は便利屋じゃないんですけどね」

 シエルは王宮を出てノゼアンの城へ行く。
 兄に宣戦布告をするために。



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