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迫りくる危険
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階下には数人の人々が談笑している。
(落ちる……!)
リエルは必死に堪えようとしたが、ずるりと段差に足を取られ、そのまま階下へ身体が傾いた。
「リエルさま!」
声が聞こえたかと思うとユリウスが走ってきて、リエルの腕を思いきり引っ張り、その反動で自分が前のめりになって落下した。
「ユリウス殿下!」
ユリウスは何段か落下したところで踏みとどまった。
「だ、大丈夫です……」
リエルは素早く階段を降りてユリウスに駆けつける。
そんなふたりを見て我に返ったノエラは、キョロキョロと周囲を見渡した。
(あたしがやったとみんな気づいていないわね。リエルは勝手に足を踏み外したのよ)
騒ぎで集まってくる人々にまぎれて、ノエラはそそくさと逃げ出した。
「いたたっ……」
慌ててユリウスの護衛騎士たちが駆けつけた。
「申しわけございません、殿下」
「大丈夫。僕が勝手にしたことだから 」
護衛騎士が謝罪するとユリウスは苦笑しながらそう言った。
足首を痛そうにしているユリウスを見て、リエルは混乱した。
「ユリウス殿下、どうして……」
不安げに訊ねるリエルに、ユリウスは笑顔で答えた。
「気づいたら身体が勝手に動いていました」
「ごめんなさい。殿下に怪我を負わせてしまって」
「平気です。足を挫いただけなので。謝らないでください」
「助けてくれてありがとうございます」
ユリウスは護衛騎士に支えられてどうにか立ち上がった。
騎士がユリウスに告げる。
「ノエラ妃殿下のことは我々が目撃しています。しかるべき処罰をアラン殿下に申し出ます」
「いいけど、兄上はたぶん聞かないと思うな」
ユリウスは困惑の表情でため息をついた。
ユリウスは護衛騎士に支えられ、客室のソファに腰を下ろした。
足首は腫れ上がり、血が滲んでいる。
リエルは皇城の使用人に水と布巾を頼み、それを持ってきてユリウスの怪我の手当てをした。
「大丈夫ですよ。これくらいすぐに治ります」
「傷痕が残ってしまうから早めに医者に診てもらったほうが」
「名誉の負傷です」
ユリウスはえへへっと笑って見せた。
リエルは唇をぎゅっと結び、複雑な表情でわずかに微笑む。
そして、先ほど自分の控え室へ行って持ってきた小さな袋を取り出した。
「ユリウス殿下にお渡ししたいものがあります」
袋を差し出すとユリウスが訊ねた。
「これは?」
「身体にいいお茶です。紅茶に入れて毎日少しずつ飲むと健康になれるそうです」
ユリウスは袋を受けとって中を覗く。
「薬草ですか?」
「ラグレンスと言います」
「聞いたことありますが、すごく貴重なものではないですか?」
「とある商人にこの薬を少し分けていただいたのです。ぜひユリウス殿下とご病気の国王陛下に飲んでいただきたくて」
ユリウスは少しのあいだ考え込んでいたが、ふたたび笑顔になってリエルに礼を言った。
「ありがとうございます。ラグレンスは昔、父上が飲んでいたそうです。この国の先帝と親交があったようで、譲り受けていたと聞いたことがあります」
「そうですか」
「でも嬉しい。ずっとラグレンスの薬がほしかったんです。父上に飲ませてあげたくて、ずいぶん探しました。ありがとうございます」
「お力になれてよかったですわ」
ユリウスは受けとった袋を大事そうに持つ。
それを見て、リエルは安堵した。
(これで陛下とユリウスが毒を盛られることがあってもひとまず大丈夫だわ)
回帰前のユリウスが殺害されるのは2カ月後。
今から毎日飲んでおけば助かる可能性がある。
そして、リエルが死んだのも2カ月後だ。
(実際に死を回避して乗り越えられるかは、その日を過ごしてみないとわからないわね)
今回は回帰前の例の事件を回避できたはずだ。
だから、このまま何事もなくパーティを終えれば、不安事はもうほとんどない。
「では、私は会場へ戻りますね」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私のほうですわ」
リエルはにこやかに笑って部屋を出る。
そして、そのままパーティ会場へ向かった。
あのあとノエラがどこへ行ったのかわからない。
しかし人目の多い場所なので、さすがに目立つようなことはできないだろう。
リエルは早くグレンを見つけて一緒にいたかった。
どことなく不安が胸中をよぎる。
リエルの背後には談笑する令嬢たち、忙しそうに動きまわる侍女たち、お互いに挨拶を交わす貴族たち。
その喧噪の中でひっそりとリエルについて来る人物がいた。
アランだ。
(リエル、見つけたぞ)
アランはにやりと笑みを浮かべた。
(落ちる……!)
リエルは必死に堪えようとしたが、ずるりと段差に足を取られ、そのまま階下へ身体が傾いた。
「リエルさま!」
声が聞こえたかと思うとユリウスが走ってきて、リエルの腕を思いきり引っ張り、その反動で自分が前のめりになって落下した。
「ユリウス殿下!」
ユリウスは何段か落下したところで踏みとどまった。
「だ、大丈夫です……」
リエルは素早く階段を降りてユリウスに駆けつける。
そんなふたりを見て我に返ったノエラは、キョロキョロと周囲を見渡した。
(あたしがやったとみんな気づいていないわね。リエルは勝手に足を踏み外したのよ)
騒ぎで集まってくる人々にまぎれて、ノエラはそそくさと逃げ出した。
「いたたっ……」
慌ててユリウスの護衛騎士たちが駆けつけた。
「申しわけございません、殿下」
「大丈夫。僕が勝手にしたことだから 」
護衛騎士が謝罪するとユリウスは苦笑しながらそう言った。
足首を痛そうにしているユリウスを見て、リエルは混乱した。
「ユリウス殿下、どうして……」
不安げに訊ねるリエルに、ユリウスは笑顔で答えた。
「気づいたら身体が勝手に動いていました」
「ごめんなさい。殿下に怪我を負わせてしまって」
「平気です。足を挫いただけなので。謝らないでください」
「助けてくれてありがとうございます」
ユリウスは護衛騎士に支えられてどうにか立ち上がった。
騎士がユリウスに告げる。
「ノエラ妃殿下のことは我々が目撃しています。しかるべき処罰をアラン殿下に申し出ます」
「いいけど、兄上はたぶん聞かないと思うな」
ユリウスは困惑の表情でため息をついた。
ユリウスは護衛騎士に支えられ、客室のソファに腰を下ろした。
足首は腫れ上がり、血が滲んでいる。
リエルは皇城の使用人に水と布巾を頼み、それを持ってきてユリウスの怪我の手当てをした。
「大丈夫ですよ。これくらいすぐに治ります」
「傷痕が残ってしまうから早めに医者に診てもらったほうが」
「名誉の負傷です」
ユリウスはえへへっと笑って見せた。
リエルは唇をぎゅっと結び、複雑な表情でわずかに微笑む。
そして、先ほど自分の控え室へ行って持ってきた小さな袋を取り出した。
「ユリウス殿下にお渡ししたいものがあります」
袋を差し出すとユリウスが訊ねた。
「これは?」
「身体にいいお茶です。紅茶に入れて毎日少しずつ飲むと健康になれるそうです」
ユリウスは袋を受けとって中を覗く。
「薬草ですか?」
「ラグレンスと言います」
「聞いたことありますが、すごく貴重なものではないですか?」
「とある商人にこの薬を少し分けていただいたのです。ぜひユリウス殿下とご病気の国王陛下に飲んでいただきたくて」
ユリウスは少しのあいだ考え込んでいたが、ふたたび笑顔になってリエルに礼を言った。
「ありがとうございます。ラグレンスは昔、父上が飲んでいたそうです。この国の先帝と親交があったようで、譲り受けていたと聞いたことがあります」
「そうですか」
「でも嬉しい。ずっとラグレンスの薬がほしかったんです。父上に飲ませてあげたくて、ずいぶん探しました。ありがとうございます」
「お力になれてよかったですわ」
ユリウスは受けとった袋を大事そうに持つ。
それを見て、リエルは安堵した。
(これで陛下とユリウスが毒を盛られることがあってもひとまず大丈夫だわ)
回帰前のユリウスが殺害されるのは2カ月後。
今から毎日飲んでおけば助かる可能性がある。
そして、リエルが死んだのも2カ月後だ。
(実際に死を回避して乗り越えられるかは、その日を過ごしてみないとわからないわね)
今回は回帰前の例の事件を回避できたはずだ。
だから、このまま何事もなくパーティを終えれば、不安事はもうほとんどない。
「では、私は会場へ戻りますね」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私のほうですわ」
リエルはにこやかに笑って部屋を出る。
そして、そのままパーティ会場へ向かった。
あのあとノエラがどこへ行ったのかわからない。
しかし人目の多い場所なので、さすがに目立つようなことはできないだろう。
リエルは早くグレンを見つけて一緒にいたかった。
どことなく不安が胸中をよぎる。
リエルの背後には談笑する令嬢たち、忙しそうに動きまわる侍女たち、お互いに挨拶を交わす貴族たち。
その喧噪の中でひっそりとリエルについて来る人物がいた。
アランだ。
(リエル、見つけたぞ)
アランはにやりと笑みを浮かべた。
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