今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ

文字の大きさ
上 下
88 / 110

彼らのはかりごと【アラン&ノエラ】

しおりを挟む
 ノエラは大きな花柄の飾りがついたワインレッドのドレスを着てパーティ会場に現れた。
 その首にはラメの入ったきらめくピンクのストールが巻かれている。
 ノエラはアランの手を取り、満足げに会場へと足を運ぶ。
 整髪料でかっちり髪を上げ、正装したアランは周囲に愛想を振りまいていた。

「あれはディアナ王国の王太子夫妻ではないか」

 周囲がふたりに注目した。
 令嬢は特にノエラが身につけているストールに目を向けた。

「まあ、妃殿下が首に巻いているのはカリスのストールではなくて?」
「手に入れられたのね。うらやましいわ」

 ノエラはふふっと笑った。

(みんながあたしのことを見ているわ。そうよ、もっとあたしを見て!)

 最近はアランに冷たくされ、不満がたまっていた。
 今夜はノエラがどれほど注目されているか、アランに知らしめるつもりだ。
 そうすればアランはふたたびノエラに夢中になるだろう。

(はぁ……倦怠期を乗り越えるのは大変ね)

 ノエラはそう思いながら周囲に笑顔を振りまいた。
 さりげなくアランと離れ、ひとりで男性たちのところへ向かって声をかける。

「初めまして。あたくしとお話しませんこと?」

 きゅるんとしたノエラの可愛らしさに彼らはすぐさま虜になったようだ。
 ノエラのまわりには次々男の貴族たちが集まった。
 その代わりに周囲の令嬢たちからは不審に思われていた。

「あの妃、さっきから男にばかり声をかけているわよ」
「私たちにはまったく挨拶もせずにね」
「男に媚びているだけなのよ。結婚しているくせにいやらしいわ」

 ひそひそと話す令嬢たちの声などノエラの耳には届かない。
 むしろノエラはアランが嫉妬して慌てると思っている。
 しかしノエラがアランのいるはずの方へ目を向けると、彼はこつぜんと姿を消していた。

「え? 殿下、どこへ行かれたの?」


 *


 一方のアランは会場内でリエルを探していた。
 さまざまなところからリエルの噂話を聞き、この会場に来ていることを確信していた。
 しかし、なかなか見つけることができないので苛立ちを募らせる。

(どこにいるんだ? リエル。迎えに来てやったぞ)

 アランはにやりと笑いながら周囲をきょろきょろしていた。

 令嬢たちはアランを見てひそひそ話す。

「あれはディアナ王国の王太子?」
「まあ、落ち着きのない人ね」
「そういえば妃とは別行動みたいよ。不仲なのかしら?」

 好き勝手に話す令嬢たちの声などアランの耳には届かない。
 そんなとき、突如会場内がざわついた。

「ご覧になって。皇太子殿下よ。おとなりはどなたかしら?」
「もしやカーレン令嬢ではありませんこと?」
「まあ、例のストールのお方?」

 アランはその声に反応した。
 そして、周囲が注目するほうへ目を向けると驚愕のあまり固まった。

(リエル……!)

 アランは叫びそうになるのを必死に堪えた。
 そしてリエルのとなりにいるグレンを見て、表情を強張らせる。

(皇太子と一緒だと?)

 リエルは貴族の令嬢としてパーティに出席したのではなく、まるで皇太子の婚約者のような登場の仕方をしたのだ。
 アランの苛立ちは怒りに変わった。

(お前を迎えに来てやったのにこの屈辱……)

 アランは恐ろしい形相でグレンとリエルを睨みつける。

(許さない!)


 *


 同時に、アランの後ろ姿を見つけたノエラが駆け寄ってきた。

「殿下、こんなところにいらしたのね。一体、何を見て……」

 ノエラもアランの視線の向こうへ目をやった。
 そこには美しく着飾って皇太子の手を取るリエルの姿がある。

(リエル? どうして? 皇太子に振られたんじゃないの?)

 お互いに笑顔で見つめ合うグレンとリエルの様子を見て、周囲が一層声を上げた。

「悔しいけどお似合いだわ」
「本当に幸せそうね」
「絵に描いたような美男美女だわね」

 ノエラは悔しさのあまり唇を噛み、拳をぎゅっと握りしめる。

(リエルが幸せですって? どうして追放されたあんたが幸せになるのよ!)

 ノエラはハッとしてアランに顔を向ける。
 アランの悔しそうな顔を見て、ますます憎悪が高まった。

(殿下、やっぱりリエルに未練があったのね。だから最近あたしに冷たいんだわ)

 ノエラはふたたびリエルに目を向けて、じろりと睨みつける。

(追放されても殿下の心を奪うなんて! 許さないわ、リエル)

 ノエラは憎悪の感情が膨れ上がり、まわりが見えていない。

(こんなことになるなら潰しておくんだった!)

 ノエラはくるりと背を向けてパーティ会場を出ていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

処理中です...