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皇太子の素顔

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「俺には皇帝の後継者として多くの教育係がついていたんだけど、姉には敵わなかった。周囲は姉と俺を比較して、姉こそが次期皇帝にふさわしいと誰もが言っていた」

 リエルは複雑な思いで耳を傾けながら「そう」と反応した。

「ところが姉はそんな周囲の声などまったく気にせず、さっさと隣国に嫁いでしまった。そうしたら周囲が急に俺に媚びを売ってきたんだ。笑えるだろ?」

 グレンは軽い口調でそう言いながら笑う。
 リエルは神妙な面持ちでぎゅっと唇を引き結ぶ。

「そのとき何かもう面倒になって、周囲の期待と真逆のことをしてやろうって思った。捻くれてるだろ?」
「そんなことないわ。だってあなたは周囲に八つ当たりしたわけでも、己の不運を嘆いて自暴自棄になったわけでもないでしょ? 自分で乗り越えるすべを見つけたんじゃない」

 リエルの言葉に、グレンは複雑な表情で苦笑する。

「だが、今になって思うんだ。姉は実母が罪を犯したことで周囲から徹底的に責められていたんだろうって。だから何でもできるようになって周囲を見返してやったんだ」

 グレンはどこか遠くを見つめた。
 そして憂いを帯びた表情で話す。

「姉からしてみれば、誰にも責められることなく育った俺が妬ましかっただろうな」
「そう、かしら……」

 リエルはうまく返事ができず、黙ってしまった。
 なぜなら自分も弟のセビーに対して少なからずうらやましいと思っていたからだ。
 母が死んだあとで家に来た愛人とその子ども。しかも男だ。
 父が娘のリエルより大切にする理由はわかっている。
 わかっているが、どうしようもなくやるせない気持ちはあった。

「でも姉は実力でそれを乗り越えたし、俺も姉の存在がいい意味で刺激になった。今では感謝している」
「そんなふうに考えられるなんて素敵ね。なかなかできることじゃないわ」
「嫉妬なんてみっともないが、この感情はどうにもできないからな。しかしそれが他人を陥れる理由にならない。結局は自分自身の問題だから」
「そうね」

 リエルは複雑な気持ちでわずかに笑みを浮かべた。
 そして、自分も胸の内にある気持ちを伝えてみることにした。

「あのね、この際だから白状するけど、私はあなたに嫉妬しているの。セビーは私には愛想がなくてあまり話しかけてもくれないけれど、あなたに対してはすごく明るくて愛想がいいんだもの」

 グレンは意外そうな顔で笑って訊ねる。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、リエルはどうやってそれを乗り越える?」

「そうね。セビーともっと話す機会を作るわ。今までずっと継母ははからセビーに近づくなと言われていたから避けていたの。向こうもそれを感じとっていたはずよ。今ならお互いに少しずつ心を開いていける気がするわ」

 意外なことに、それがグレンのおかげでもある。
 彼が関わったことで弟の素顔を知ることができたし、そこには感謝している。

「それはいいね。前向きだ」

 グレンは穏やかに微笑んで続ける。

「人生は一度きりだから後悔のないように生きないとね」

 その言葉に、リエルはどきりとした。
 二度目を生きているなどと、彼は思いもしないだろう。

「そうね」

 食事を続けながらリエルは話題を変えることにした。

「ところでグレン。あなたはセビーに興味ないでしょ? いつも適当に流しているわね」
「あはは。俺はリエルにしか興味ないからね」
「あ、そう……えっ?」

 さりげなくそう言われて、リエルは戸惑った。

(今のはどういう意味で言ったのかしら?)

 ドキドキしながらも、訊くに訊けない。
 グレンもそれ以上言わなかった。
 しんと静まり返る中、フォークとナイフがかちゃかちゃ音を立てるだけ。
 気まずくなりそうなこの沈黙を破ったのはグレンだった。

「皇室主催のパーティは一緒に行こう。迎えに来るから」
「ええ、そうね。約束だものね」

 リエルは慌てて返事をした。

「父に会ってもらうことになるけど、それほど堅苦しくしなくていいよ」
「そういうわけにはいかないわ。皇帝陛下だもの」
「ただ笑っていればいいから」
「そんなことできるわけないでしょ」

 本当にただ笑っているだけではリエルを認めてなどくれないだろう。
 そんな当たり前のことを冗談で言ってしまうグレンに少々むっとする。

「勉強はほどほどでいいよ」
「しっかり準備しておくわ。仮の婚約者とは言え、あなたに恥をかかせたくないもの」
「君ならそう言うと思った」

 やはり、彼はわざと言ったのだ。
 リエルが何も準備をしないと思っていないから、緊張をほぐすつもりだったのかもしれない。

 そこから先は和やかに、町のことや商売の話をして食事を終えた。
 グレンが言った『リエルにしか興味がない』という意味を、リエルは深く考えないことにした。

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