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つかの間のなごみ

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 そこはアストレア帝国の皇都にある高級ホテルのレストランだ。
 豪華なシャンデリアがきらめく王侯貴族専用の部屋で、リエルはそわそわしていた。
 大きなテーブルには豪華な料理の数々が並び、着飾ったリエルと向かい合って座るのは正装したグレンの姿だった。

 皇都の美味しいレストランで食事をするとは言っていたが、これほど格式ばった場所だとは思わず、リエルは驚いた。
 男性の給仕がリエルのグラスに飲み物を注いだ。

「ありがとう」

 礼を言うと給仕はにこやかに笑顔を返した。

「もういいよ。ふたりきりにしてくれる?」

 グレンが給仕にそう言うと、部屋にいた全員が退出していった。

(人払いをするなんて、何か大事な話でもあるのかしら?)

 リエルは緊張感が高まり、落ち着かない調子でグレンの顔を見つめる。

「まずは仕事で成果を上げた君を称えよう」
「ありがとう」

 グレンがワイングラスを持ち、リエルもそれに合わせて乾杯した。


 リエルの噂は瞬く間に帝国中の商人に知れわたり、社交界でもその名は有名になった。
 異国から来た令嬢が商売をして成功していると。
 当然、貴族の中には見下す者もいて、商人にいたっては嫉妬でリエルを陥れようとする者もいた。
 商品を運ぶ馬車を盗賊に見せかけて襲おうとしたり、ザスター商会の壁に嫌がらせの落書きをしたり、リエルに関する根も葉もない悪い噂を流そうとする者もいた。
 しかし、リエルは隠れることもなく堂々と実績を積んでいった。


「いろいろあったが、君はよくやっている」
「あなたのおかげよ。以前の私なら挫けていたかもしれないわ」

 何かあるたびにリエルは回帰前の今頃何をしていたかを思い出すことにしている。

(そう。回帰前の王宮では度重なる嫌がらせに泣いて、アランの叱責に怯えていたもの。今はずいぶん心を保つことができるようになったわ)

 食事をしながらグレンはリエルのいいところをたくさん聞かせてくれた。
 リエルは照れくさそうにしながらも、嬉しくて頬が緩んだ。

 当然、リエルもグレンのいいところを知っている。
 いつも憎まれ口ばかりでそれを口に出す機会がないので、今日は素直に伝えてみることにした。

「あなたの強さに救われているところもあるのよ。以前の私は小さなことでも気になっていたけれど、あなたはそんなことをまったく気にしない。それどころか悪い噂を利用するなんて、たいした度胸だわ」

 グレンを見ていると自分が気にしていた小さな悩みなどどうでもよくなってくる。
 だからこそ、何があっても堂々としていられるのだろう。

 しかし、それに対してグレンはいつもの軽口ではなく、少し落ち着いた声で答えた。

「俺は強くなったわけではなく、考え方を変えたんだよ」
「えっ……?」

 リエルはフォークとナイフを持つ手を止めた。
 グレンは意味ありげにふっと笑い、食事の手を止めて話す。

「俺には腹違いの優秀な姉がいる。もう隣国に嫁いでしまったけどね」
「そうなの?」
「ああ。姉の母親は罪を犯して国を追放された。その後、父は俺の母を娶り、俺が生まれたんだ」

 さらりととんでもないことを話すグレンに、リエルは絶句した。

「母は身体が弱く、俺が幼少の頃に亡くなったんだけどね」

 リエルは複雑な心境になる。

(あなたもお母さまを亡くしていたのね)

 自分の母のことを思い出して、リエルは胸が痛んだ。

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