上 下
68 / 101

すべてが思い通りだわ【アラン&ノエラ】

しおりを挟む
 後日、王宮庭園では初めてノエラが主催した茶会が開かれた。
 ケーキやサンドイッチ、スコーンなどたくさんのお菓子が並ぶ長テーブルにずらりと座るのは公爵家や侯爵家、伯爵家の上位貴族令嬢たち。
 もちろん、その中心にいるのはノエラだ。

「みなさま、本日は楽しんでくださいね」

 ノエラは大きなピンクのリボンを髪につけて、花柄のドレスを身につけ、ゆるふわの金髪をなびかせている。
 令嬢たちは次々に祝福の言葉を口にした。

「ノエラさま、このたびはご結婚おめでとうございます」
「もう妃殿下とお呼びしたほうがよろしいわよ」
「まあ、そうですわね。失礼いたしました。ノエラ妃殿下」

 ノエラは満面の笑みを浮かべた。
 令嬢たちから社交界での噂話を聞き、楽しくおしゃべりをしていると、とある令嬢が思いついたように話題を変えた。

「そういえばご存じ? カリスのストールのことを」
「それ、わたくしもお聞きしたかったの」

 別の令嬢が手を叩いて話に乗った。

「カリスのストール?」

 ノエラは初めて聞く言葉で、目を丸くする。
 話を振った令嬢がにこやかに説明する。

「ええ。アストレア帝国では令嬢のあいだでカリスのストールが流行しているらしいですわ。何でも羊毛より軽くて身につけている気がしないのに暖かいのですって」

 すると、別の令嬢もうっとりした顔で続けた。

「わたくし叔父が商人から試作品をいただいて身につけてみましたけれど、本当に最高の質感でしたわ」

 それを聞いた他の令嬢たちがざわついた。

「まあ、うらやましいわ。だって手に入るのは1年先でしょう? 今年の冬には間に合わないわ」

 それから話題は貴族の誰と誰が恋仲だとかそういった話に向かう。
 しかし、ノエラの頭の中はそれどころではなかった。

(カリスのストールですって。そんなにいい代物ならあたしだってほしいわ!)

 その夜、アランがやって来るとノエラはすぐに甘えた声で頼み込んだ。

「殿下にお願いがありますの」
「何だ? 何でも言ってみろ」

 アランはご機嫌な顔でノエラの肩を抱いた。

「あたくしカリスのストールがほしいですわ。令嬢のあいだで流行はやっているらしいのです。もちろん誰にも真似できない最高級のデザインのものでなければいやよ」

 アランは特に渋ることもなく、即答する。

「すぐに衣装屋を呼びつけよう」
「本当ですか? 嬉しいですわ! やっぱり殿下はあたくしのことを愛してくださっているのね」

 ノエラががばっとアランに抱きつくと、アランはにやりと笑った。

「当たり前じゃないか。ところでノエラ。君のことを愛しているから今夜こそ子作りするぞ」

 アランはその勢いでノエラをベッドに押し倒してしまった。

「きゃああっ、殿下ったら!」

 ふたりはそのまま朝まで部屋から出てこなかった。


 そして翌日のこと。
 アランは朝一番に侍女を王都の高級衣装屋へ使いに出した。
 ところが午後になってアランの執務室を訪れた侍女は予想外の報告をした。

「何? アストレア帝国の衣装屋でないと取り扱っていないだと?」
「はい、そのようです」

 侍女が衣装屋で確認したところ、カリスのストールはまだディアナ王国では手に入れることができないと言う。

「お話によると、そのストールをもっとも多く取り扱っているのはナグレタ衣装店というお店だそうです」
「ではその衣装屋を王宮へ招待しろ。ノエラのために最高級の代物を作らせるんだ」
「かしこまりました」

 侍女は命令を受け、さっそくナグレタ衣装店へ使いの者を向かわせた。

 アストレア帝国の衣装屋など、アランにとってあまり気分はよくないが、それほど流行しているものならノエラは身につけるべきだ。
 ノエラのためではなく、アランの妻である王太子妃のために。


 *


 数日後、アストレア帝国のナグレタ衣装店では、ディアナ王国の使いの者の話で衣装屋の婦人マダムが困惑していた。

 ちょうど衣装屋を訪れていたリエルは婦人マダムからその話を聞くことになった。

「すぐに来いだなんて、こちらの都合も考えずに、ディアナ王国の王太子はなんて横暴なのかねえ」

 婦人は深いため息をつく。

「すぐに手に入らないと何度も説明したのに、とりあえず王宮へ来て説明しろと言うのよ。なんでも王太子妃のご機嫌取りをしているみたいだわ。そんなにわがままな妃なのかしらねえ」

 リエルは複雑な表情で聞く。

「困ったわ。よその国と言えども王室の人間を無下にはできないし」

 リエルは少し考えて、婦人に提案をしてみた。

「そのお役目を私にいただけますか?」
「え? でも、あなたも忙しいでしょうに」
「予定を調整すれば何とかなりますわ。それに、このストールを売り出したのは私ですし、私が説明するのが一番早いでしょう」
「そうかい? まあ、そう言ってくれるならありがたいのだけどね」

 婦人はまんざらでもなく嬉しそうな顔をした。
 肩の荷が下りたのかほっと安堵している。

(こんなに早くふたりと再会することになるとはね)

 リエルは笑顔のまま、胸中でぼそりと呟く。

(ちょうどいいわ。結婚のお祝いでもしてあげましょうか)

 リエルは口もとに笑みを浮かべた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】金で買われた婚約者と壊れた魔力の器

miniko
恋愛
子爵家の令嬢であるメリッサは、公爵家嫡男のサミュエルと婚約している。 2人はお互いに一目惚れし、その仲を公爵家が認めて婚約が成立。 本当にあったシンデレラストーリーと噂されていた。 ところが、結婚を目前に控えたある日、サミュエルが隣国の聖女と恋に落ち、メリッサは捨てられてしまう。 社交界で嘲笑の対象となるメリッサだが、実はこの婚約には裏があって・・・ ※全体的に設定に緩い部分が有りますが「仕方ないな」と広い心で許して頂けると有り難いです。 ※恋が動き始めるまで、少々時間がかかります。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

嫌われ聖女は決意する。見限り、見誤り、見定める

ごろごろみかん。
恋愛
母親に似ているから、という理由で婚約者にされたマエラローニャ。しかし似ているのは髪の色だけで、声の高さも瞳の色も母親とは全く違う。 その度に母と比較され、マエラローニャはだんだん精神を摩耗させていった。 しかしそんなある日、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられた。見ればその隣には、マエラローニャ以上に母に似た娘が立っていた。 それを見たマエラローニャは決意する。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...