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人生が最高に楽しいわ

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 アストレア帝国のザスター商会ではリエルが本格的に仕事を始めていた。
 事務所はエマのおかげで見違えるほど綺麗になっている。
 書類はリエルが丁寧に棚に揃えて並べ、商品なども分別した。

 そんな中でリエルはふと、中途半端に開封された箱を見つけた。

(あら、これは……?)

 ガラクタの中からリエルが手に取ったのはふわっとしたストールだ。
 薄くて肌触りがいいめずらしいもので、ディアナ王国では見たことがない。
 リエルはカイルに訊ねる。

「ねえ、これは何かしら?」
「ああ、それはカリスの山羊で作られたストールですよ」
「え? これが?」
「はい。リエルさまもご存じですか?」
「え、ええ……」

 実はこの時期にリエルがこの商品を知っているわけがない。
 なぜなら、このストールはまだ世に出ていないからだ。

 リエルが知ったのは半年後のパーティで令嬢たちが噂していたからだ。
 そしてその後、このストールは帝国で爆発的に売れ、その話はディアナ王国にも届いた。
 しかしあまりに貴重な品のため、なかなか手に入らなかった。

「実際に触ったのは初めてよ。なんて軽くて触り心地がいいのかしら」
「ですよね! 僕もそう思ったんです。だから売りたいんですけど、どこも取ってくれなくて……」

 カリス山地のめずらしい山羊から取れるストールは軽いのに保温性に優れており、パーティで胸もとの開いたドレスを着る令嬢たちが冬に羽織るのに最適だ。
 ただし生産量が少なくあまりに高価なため、商人が見向きしなかった。

 リエルは口もとに笑みを浮かべる。

「これを売り込みましょう」
「えっ? 無理ですよ! 僕が今までいろんな顧客に営業してきましたが、どこも取ってくれませんでしたから」
「たしかに、無名の品でこれほど高いものを売ろうなんて博打だわ」

 リエルはうーんと考え込んで、ふとひらめいた。

「そうだわ。令嬢相手に売り込めばいいのよ」
「え? どういうことですか?」
「カイル、あなたは男爵家の人間でしょう? 社交界に顔が利くはずよ」
「ええーっ、僕なんて末端の人間で何もできませんよ!」

 リエルは腕組みしながら考える。
 エマがテーブルにカップと皿を並べてふたりに声をかけた。

「お茶の準備ができましたよー」
「わあ、今日のおやつは何ですか?」
「ふふっ、苺のシャルロットケーキです」

 カイルはエマのおやつを毎日楽しみにしているようだった。


 その日、グレンが屋敷を訪れてリエルと夕食をともにした。
 グレンはリエルとこうして会うときはだいたいシャツとスラックスというシンプルな格好をしている。

 リエルはカリスのストールについてグレンに話を切り出す。
 結局あれこれ考えたあげく、渋々グレンに頼み込むことにしたのだ。
 なるべく自分の力でやりたいが、使える伝手は使うことにする。
 この件について、グレンは興味を持ったようだ。

「へえ、それは面白いね。ぜひやろう」
「けれど、皇太子あなたルートの集まりだとあまりに大事おおごとになってしまうから、カイルの口利きでということにしたいの」
「わかった。バレないようにそうしよう。俺にできるのはその場を提供するだけ。あとは君が何とかするんだ」
「もちろんよ」

 他国の令嬢という立場がどこまで通用するのかわからないが、やってみるしかない。

「うまくいけばあとは営業するだけね」
「目星はついているの?」
「ええ。このあいだ話したナグレタ衣装店の婦人マダムが興味を持ってくれているの。令嬢のあいだで評判になれば彼女が高値で取引してくれるそうよ」

 はきはきと話すリエルを見て、グレンはにっこり笑った。

「楽しそうだね」
「ええ、すごく楽しいわ」

 リエルはフォークとナイフを使って丁寧にソテーを切り分けながら笑顔で答える。
 しかしふと疑問に思い、手を止めた。

「ところで、あなたは毎日ここに来ているけれど……」
「暇なのかって言いたいわけ?」
「……そんな露骨に思ってはいないけど」

 皇太子の立場の人間が毎日わざわざ用もない者の屋敷を訪れるほど時間があるのかリエルには疑問だった。

「婚約者に会いに来るのに理由はないだろ」
「真面目に来なくてもいいのよ? あなたも忙しいでしょうし、用事があれば執事に言付けしておいても……」
「俺が会いたいから」
「えっ……?」

 リエルは驚いてフォークとナイフを持ったまま固まった。
 グレンはやけに真面目な顔をしている。
 少しの沈黙のあと、急にグレンが笑い出した。

「リエルの話を聞いていろいろ情報を得ることもできるしね」
「そう? そうよね」

 ふたりはお互いに笑い合う。
 しかし、リエルの胸中は複雑だった。

(いやだわ。どうしてこんなに胸がざわつくのかしら)

 リエルは今まで感じたことのないそわそわした感情に戸惑っていた。

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