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王太子の苦悩【アラン】

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 ディアナ王国の王宮は以前と何ら変わらない。
 ただ違うのは、アランが執務室で大量の書類と向き合っていることだ。
 侍従はおずおずとアランに申し出る。

「こちらが殿下に目を通していただきたい書類でございます」
「こんなにか? ちょっと量が多すぎるのではないか?」
「しかし、リエルさまはこの量を3日で終わらせておられました」

 それを聞いたアランは急に血相を変えてバンっと机を叩いた。

「リエルの話はするな。気分が悪くなる」
「申しわけございません」

 侍従は慌てて頭を下げる。
 アランは舌打ちしながら書類に一枚ずつ目を通した。

 リエルが王宮へ来る前はこれらをユリウスにやらせていた。
 しかしリエルが来てからはユリウスから仕事を取り上げ、王宮のことはすべてアランが実権を握り、ユリウスを排除していた。

「またユリウスにやらせるか……いやしかし、あいつを調子に乗らせるわけにはいかないな」

 アランは恐れていた。
 ユリウスのほうが優秀であり、仕事の能力も格段に上だ。
 ユリウスに任せてしまったら王太子の座を奪われてしまうと危惧している。

 幸いユリウスは純粋で控えめな性格なので王太子の座を横取りしようとは思わないだろうとアランは踏んでいる。
 しかし、国王が生きているあいだは何が起こるかわからない。

(さっさと父が死ねば俺が王位に就けるのに)

 アランはにたりと笑う。

(そうすればユリウスに公爵位を与えて俺の執務をさせることができる)

 アランはふたたび書類とにらめっこする。

「むっ……? 北の貯蔵庫の備蓄が足りないだと? 南のサーベル領から分け与えているのではないのか?」

 アランはしばらく書類を見つめて考える。

「まあ、サーベル伯爵が上手くやるだろう。次はルカン地区の貧困問題か……」

 アランはしばらく考えて、頭を抱えて唸る。

「ルカン地区の人口は50人に満たない。あの町がなくなろうとこの国にとって痛くも痒くもないのだがな」

 そしてふと考える。

(むしろなくなったほうがいいのではないか? 治安問題も解決するしな)

 アランはすでに考えることを放棄していた。

 ふたたび書類の山を見てうんざりする。
 アランは仕事をする気になれず、おもむろに立ち上がると執務室を出ていった。
 頭を冷やすために庭園へ向かっていたら、ばったりノエラと出くわした。

「アラン殿下!」
「ノエラ、一体どうしたんだ?」
「王宮が広すぎて迷子になってしまいましたの」
「おお、それは大変だ。俺が部屋まで送ってやろう」
「お仕事はよろしいのですか?」
「ちょうど休憩しようと思っていたんだ」

 アランはノエラの肩を抱きながら彼女に与えた部屋へ向かった。
 ノエラはリエルが使っていた部屋を与えられている。
 ふたりがぴったり寄り添って歩いていると、途中でユリウスとばったり出くわしてしまった。
 ユリウスの姿を見たアランはあからさまに表情を歪めた。

「兄上、ちょうどいいところに。お伝えしたいことがあります」
「俺は忙しい。今お前の相手をしている暇はないんだ」
「いつならお時間を取っていただけますか?」
「明日以降だ。今日はもう仕事は終わりだ」
「……そうですか」

 ユリウスは書類を抱えてうつむく。

「ああ、そうだ。お前、サーベル伯爵に北へ備蓄品を送っておくように伝えておけよ」
「兄上、そのことでお話が……」
「くどいぞ。俺は忙しいんだ!」

 アランは鬼のような形相でユリウスを睨みつけると、ノエラを抱き寄せてさっさと立ち去った。
 残されたユリウスはアランの後ろ姿を見つめながら複雑な表情になる。

「兄上に任せておいたら、民が死んでしまう」

 ユリウスは何かを決意したように表情を険しくして、くるりと向きを変えると急ぎ足で自室へ戻っていった。

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