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隣国の皇太子③
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実は、グレンとリエルのやりとりをこっそり見ていた者がいた。
ノエラである。
丁寧に手入れのされた植木の影から、グレンがリエルの手の甲にキスをしていたのを目撃した。
そしてリエルも真っ赤になってまんざらでもなさそうだった。
リエルが立ち去ったあと、ノエラはにやりと笑みを浮かべた。
(噂の皇太子とリエルがふたりきりで密会! これはネタになるわ!)
すぐに王宮の使用人たちにこのことを話そうと思った。
(そうだわ。これを利用すればアラン殿下はリエルに失望するはず)
噂が広まれば当然アランの耳にも入る。
(そうよ。もしかしたらアラン殿下がお怒りになってリエルに婚約破棄を言いわたすかもしれないわね)
くくくっとノエラは堪えていた笑いを洩らす。
そしてついに本音が口から飛び出した。
「そうしたら王太子妃の座はあたしのものよ!」
次の瞬間、背後から突如声をかけられた。
「君、こんなところで何してるの?」
「きゃああああああっ!!!」
ノエラはいきなり現れたグレンに驚愕し、悲鳴を上げた。
グレンはその驚き方に驚いて表情が引きつっている。
「大丈夫?」
「いいいいっ、いきなり、現れないでよ。心臓に悪い人ね」
「ああ、ごめんね。でも、君はずっと見ていただろ? 俺たちのこと」
ノエラはどきりとして固まった。
(ど、どうしてわかったのかしら? かなり離れた場所にいたし、視線だって合わなかったのに)
グレンは満面の笑みをノエラに向けて言う。
「君、可愛いね」
「ええっ!?」
どきりとして歓喜の表情を受かべるノエラに対し、グレンはさらりと言う。
「隠れ方が」
「……はっ!?」
ノエラは笑った表情のまま固まった。
グレンは穏やかな表情で淡々と話す。
「いやね、尾行や偵察のレベルが幼稚すぎてバレバレなんだよ。せめて気配を悟られないようにしないとね」
今、自分がバカにされたのだと悟り、ノエラは怒りの表情で声を荒らげる。
「なっ……あなた、失礼ね! アラン殿下に言いつけてやるわ!」
「言うの? 君の偵察レベルの低さを、わざわざ?」
「そこじゃないわよ!!」
ノエラはキッとグレンを睨みつけながら思いきり顔を背けて立ち去る。
(ふんっ! ちょっとでもいい男だと思ったあたしがバカだったわ。あんな失礼な男、アラン殿下の足下にも及ばないわ)
それでも、バカにされたことに腹を立てて、ノエラはぐっと唇を噛みしめて悔しさを滲ませていた。
グレンとリエルの噂は瞬く間に王宮内に広まっていった。
「ねえ、聞いた? 帝国の皇太子さまがリエルさまと密会していたんですって」
「んまあ、いやらしいわ!」
「最低ね。あのお優しいアラン殿下を裏切るようなことをするなんて!」
食事の準備に忙しないキッチンで使用人たちが噂話に盛り上がっていた。
一方その頃、別の場所でも、掃除中の使用人たちがその手を止めてきゃっきゃと騒いでいた。
「皇太子さまって次々と女を変えるらしいわよ。飽きっぽいんですって」
「最低。リエルさまもどうせ遊ばれているだけなのよ」
「アラン殿下が不憫でならないわ。あんな女が婚約者だなんて」
リエルの批判をする者たちはたいてい比較対象を持ち出す。
「その点、ノエラさまはいい人なのよね」
「わかるわ。私たちに気軽に声をかけてくれるし、お菓子もくれるのよ」
「不愛想で冷たいリエルさまとは大違いね」
使用人たち声をそろえて言い放つ。
「いっそアラン殿下の妃がノエラさまならいいのに!!」
いつの間にか婚約者ではなく、愛人の支持者が多くなっていた。
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