今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ

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隣国の皇太子②

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 ふわっと大きな手が頭の上に載せられた。
 グレンがリエルの頭を撫でたのだ。

「えっ……?」
「いや、泣きそうな顔をしていたから」

 やけに真剣な表情のグレンに、リエルはうっかり頬を赤らめてしまった。

 こんなふうに慰めてもらったことは、おそらくもう何年もない。
 もしかしたら最後に頭を撫でてもらったのは亡くなった母かもしれない。
 胸がぎゅっと苦しくなる。

 エマはふたりを交互に見つめながら嬉しそうににやにやしていた。
 リエルは我に返ってすぐに離れる。

「と、とにかく用事が終わったなら、あなたは早く自分の国へ戻るべきだわ」
「それは無理だ」
「どうして?」
「君と殿下の婚約披露パーティに出席するように言われている」
「え? 冗談でしょう?」

 回帰前はそんなことはなかった。
 確実に未来が変わっている。

 グレンがこの国を訪れたからだろうか。
 しかし、アランはグレンのことが気に食わないようなのでさっさと追い出すと思ったが。

「どうやら彼は本気のようだ。俺に見せびらかしたいんだろ」
「なぜあなたに?」
「独り身の俺に勝ちたいわけさ」

 リエルは眉をひそめて訊ねる。

「あなたも婚約者くらいいるでしょう?」
「残念ながら」

 グレンは困惑の表情で肩をすくめた。

 エマはふたりの様子を見て目をキラキラさせている。
 リエルはグレンをじっと見つめている。

(何人も愛人がいて飽きたら簡単に捨てたり暴力を振るったりするようには見えないけれど)

 いまいちグレンの噂が信じがたい。
 しかしその直後、グレンがリエルに近づいて手を取った。

「本当に残念だよ。もう少し君と早く出会っていれば、違う未来もあったかもしれないのにな」

 グレンはそう言って、リエルの手の甲にキスをした。
 リエルはぎょっとして慌てて手を引っ込める。
 エマは歓喜の表情で「きゃーきゃー」とひとり舞い上がっている。

「あ、あなた、失礼よ!」
「ごめん。帝国流の好意の証明あかしだ。下心はない」

 頭から首まで真っ赤になるリエルに対し、グレンはたいして悪びれた様子もない。
 リエルは激しく鼓動が高鳴り、額から汗が滲んだ。

「とにかく、私にもう近づかないでちょうだい。面倒なことになりたくないのよ」
「わかった。努力する」

 わざとらしく困惑の表情でそんなことを言うグレンに、リエルは呆れ顔になった。

(約束はできないわけね)

 リエルは何か言ってやりたかったが、これ以上は不毛な言い合いになる。
 グレンにくるりと背を向けて、リエルは平静を装って告げる。

「それではよい午後を」

 これ以上関わらないほうがいい。
 さっさと立ち去ることにした。
 エマはグレンにぺこりと頭を下げたあと、慌ててリエルを追いかける。
 そしてふたりきりになったところでエマがリエルに声をかけた。

「素敵ですね、グレンさま」
「そうかしら?」
「下心はないなんて言って、本当はあると私は思っているんです!」
「どうして嬉しそうなのよ」

 リエルは半眼でエマに呆れ顔を向ける。

「絶対リエルさまに好意を持っていると思いますよ」
「どうでもいいわよ」

 あんな失礼な男、と付け加えた。

 どうでもいい。関係ない。
 と何度も自分に言い聞かせるリエル。

 しかし、顔の火照りはしばらく収まらなかった。

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