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隣国の皇太子①

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 食後にエマとともに庭園を散歩をしていたリエルは、ユリウスの一同とばったり遭遇した。
 そして、ユリウスと一緒にいたのは国王陛下だ。
 驚いて狼狽えるエマのとなりで、リエルは冷静に見つめる。
 ユリウスがにこやかに話しかけてきた。

義姉上あねうえ、あれから体調はいかがですか?」

 この前具合が悪いと言ってしまったから心配してくれたのだろう。
 彼の気遣いにリエルは素直に喜ぶ。

「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 そう返事をすると、ユリウスはおもむろに王に向かってリエルを紹介した。

「父上、彼女が兄上の婚約者です」

 紹介を受けたリエルは丁寧に挨拶カーテシーをおこなう。

「国王陛下にご挨拶申し上げます」

 しかし王は気難しい表情のまま無言でリエルを見つめている。
 慌ててユリウスが弁明する。

「ごめんなさい。父上はずっと伏せっていたので人と話すことが難しいんです」

 国王が病に倒れていたのはリエルも知っていた。
 しかし顔を合わせると王はリエルを無視するか、あるいは睨むように視線を向けるだけだった。

 それをリエルは嫌われていると思い込んでいた。

「お気になさらないでください。陛下の病がよくなりますように」

 リエルがそう言うと、ユリウスは安堵したように笑った。

「そう言っていただけて嬉しいです。それでは僕たちはこれで失礼します」

 そう言ってユリウスは王を連れて立ち去った。
 リエルが彼らを静かに見送っていると、突然背後から声をかけられた。

「これは幸運だ。庭を歩いていたら君に会えるとは」

 グレンの声に、リエルは眉をひそめ、エマはふたたび驚愕した。

「何かご用でしょうか? グレイアム皇太子殿下」
「グレンでいいよ。俺もリエルって呼んでいい?」

 軽い口調でそう言われて、リエルはじろりと睨みつけた。

「うわ、いやそう」
「そう思うなら遠慮してちょうだい。あなたのせいでアランの機嫌が悪いのよ」

 リエルはため息をつく。
 だが、グレンは怪訝な表情をする。

「どうして?」
「婚約者がよその男に絡まれたらいい気はしないでしょ?」
「じゃあ、君は?」
「え……?」
「俺を出迎えた女はアラン王太子の恋人のようだったけど?」

 グレンはつくづく勘がいいと思う。
 向こうは他の女とよろしくやっておいてリエルには我慢させているということをわざわざ指摘してくる。
 リエルはぎゅっと唇を引き結んだ。

 しばらくふたりは無言のままで、その様子を見守るエマはひとりそわそわしている。
 リエルは真顔で説明する。

「彼女は側妃候補なの。めずらしくないわ」
「なるほど。ところで、王はご病気か。近いうちに王位を継承するのだろうな」

 すぐに話題を変えてくれたのでリエルはほっとした。
 夫となる男の愛人の話などしたくもないからだ。
 
「しかし次期国王がアレでは周囲も不安だろう」

 グレンはあらかたの状況を把握しているようだ。
 リエルは思わず笑いそうになった。

「殿下は外面そとづらが凄まじくいいお方だから周囲は信頼しきっていると思うわ。一部の臣下を除いてね」
「ふうん、そう」
「そしてあなたはアランのことが嫌いなのね」
「そういう君も結構冷めた目で彼を見ているよね?」

 リエルは真顔で固まった。
 乾いた風が吹き抜ける。
 沈黙するふたりの顔を交互に見つめながら焦るエマ。
 グレンは肩をすくめて話す。

「余計なことを言った。俺は別に嫌っていないんだけど、向こうが勝手に敵視してる。正直外交関係がなければ眼中にないくらいどうでもいい」

 最後の彼の言葉に、リエルはうっかり笑みを洩らした。
 リエルの反応を見たグレンが急に明るく笑った。

「今、笑ったね?」
「笑ってないわ」
「君はあいつのことが嫌いなのか?」
「ええ。大嫌いよ」

 堂々と言い放つリエルに、グレンは少々驚いたようだ。
 しかし、すぐにリエルの心情を悟ったのか、頭をかきながら渋々話す。

「なるほど。政略結婚か」
「どこの国もそうでしょ。私の王室入りは子どもの頃から決まっていたのよ」
「わかるよ。だが、自分の伴侶になってくれる人には好意を持ってもらえるようにするけどね。俺は」

 グレンは涼しい顔してやけに真面目に答える。
 リエルは神妙な面持ちになった。

(私だって、以前はアランのことを信頼していたわ)

 回帰前のリエルは常にアランに従順で、彼のご機嫌を取り、彼に認められるように必死に努力した。
 どれほど冷たくされても、いつか心から愛してくれると願っていたから。

(その結果が、あんな仕打ちよ)

 自分に剣を突きつけて蹴りつけてくるアランの姿を思い出し、リエルは身震いがした。
 どうやら相当なトラウマのようだ。
 今だって、アランの前で必死に平静を装っているが、あのときのことが頭によぎると恐ろしくなるのだから。


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