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焦る王太子①

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 その日、アランとリエルは大臣たちとともに会議室で帝国側と貿易に関する話し合いをおこなっていた。
 最終的に話がまとまったことで大臣が締めくくった。

「以上をもちまして交渉は成立ということでよろしいですね」
「ああ、そうだな。異論はない」

 アランが即座に返答すると、帝国側のグレンも同意した。

「そちらがよろしければ」

 グレンはやけににこにこしているが、対するアランは不愛想だ。
 グレンと一切、目を合わせない。
 リエルは真顔で平静を保っている。

 アランはさっさと席を立ち、グレンの顔を見ないようにして言い放つ。

「さて、我々は食事にしよう。皇太子殿下はごゆっくり。行くぞ、リエル」
「承知いたしました」

 リエルは真顔のまま、グレンに会釈をするとアランに続いて出ていく。
 残されたグレンはあまりに冷ややかなふたりの様子に唖然とした。

「結構失礼だよね。客人を放置するなんて。そう思わない?」

 グレンは近くにいる大臣に声をかけた。
 すると大臣は冷や汗をかきながら慌てて返す。

「はっ、も、申しわけございません。失礼をお詫び申し上げます」
「ああ、いいよ、いいよ。君に謝られても」
「どうか、なにとぞ、ご寛大なお心でお許しいただければと」
「わかったって。言ってみただけだから」

 グレンは手のひらをひらひらさせながら苦笑する。

「しかし、あの子は苦労するだろうな」

 リエルのことを指して、グレンは複雑な表情になった。


 *


 会議の直後、リエルはアランの命令でともに食事をすることになった。
 普段はあまりそうしないくせにめずらしい。
 回帰前からアランはリエルといるよりノエラと一緒のほうが長かったはずだ。

 アランと向かい合って食事をするのはあまり慣れない。
 冷たく異様な空気が漂い、周囲で使用人たちがそわそわしている。
 アランはナイフで肉を切りながら話を切り出した。

「我が国にいい条件で貿易交渉ができたな。特に薬と鉄が多く手に入るのはいい。医療の進歩に新しい武器の生産と強固な国造りに欠かせないものばかりだ」

 ご機嫌な様子のアランに対し、リエルは真顔だ。

(まるで自分の手柄のように言うのね。それ全部私が交渉したのに)

 リエルは黙ったままフォークとナイフで肉を切り分ける。

「辺境の森に帝国側の騎士団を配置するという案は我が国の防衛にもなって一挙両得というものだ」

 満足げに肉を頬張るアランを見て、リエルは呆れるあまり笑いそうになった。

(それ、本当は監視のためなんですけどね)

 今後、アランの失策によって辺境が敵国に狙われるという事態が起こる。
 そのことが帝国側にも少なからず影響するため、堂々と監視できるこの体制は両国にとって損にならない。
 回帰前の記憶のおかげでリエルはそれを提案することができたのだ。

「ところでリエル、君に話しておくことがある」
「何でしょう?」
「俺はノエラを側妃に迎えようと思っている」
「そうですか」

 すんなり答えるリエルに対し、アランは眉をひそめる。

「あまり驚かないのだな?」
「殿下のご命令であれば従うまでです」

 リエルの返答が気に食わないのか、アランは表情を歪める。
 そして疑うような目でリエルを見つめた。

「グレイアム皇太子とはどういう関係だ?」

 突然そんな質問をされて、リエルはフォークを持つ手を止めた。
 しかし冷静に答える。

「ただの知人です。知り合ったときは皇太子殿下だとは知りませんでした」
「どこで出会った?」
「町にドレスを買いに行ったときに、偶然強盗に襲われて助けていただいたのです」

 リエルはこんなときのためにあらかじめ用意しておいた作り話をさらりと言った。

「あいつ、俺の国でふらふらと勝手なことを!」

 アランは不機嫌な顔で肉にフォークを突き刺す。
 そしてリエルに忠告するように言った。

「いいか? 君は王太子妃になる女だ。そのことを自覚して他の男に近づくな。夫に誤解されるようなことをするんじゃないぞ」

 リエルは真顔で固まった。
 一体どの口がそれを言うのだろうか。


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