今世ではあなたと結婚なんてお断りです！

仕組まれた罠④

「これは何事だ？」

　突如アランの声がした。
　リエルの背後からぞろぞろとアラン率いる集団がやって来る。
　そこに、着飾ったノエラもいた。

　ノエラの格好はまるで妃そのものだ。
　上質な生地のドレスにきらびやかなティアラとアクセサリーを身につけ、王太子のとなりに堂々と立っているのだから。
　
　怪訝な表情で見つめるリエルに対し、ノエラは笑いをこらえるのに必死だった。

（ふふっ、侍女長がうまくやってくれたのね。最近のリエルはやたら生意気だから、少しつついてやれば簡単にやらかしてくれると思ったわ）

　ノエラはにやりと笑みを浮かべる。
　すると、ノエラと目があった侍女長が笑みを返した。
　リエルはそれに気づいたようだが、あまりに気まずいこの状況に下手に動くことができない。

　そう。アランの背後にはアストレア帝国からの賓客ひんきゃくがいるからだ。

（他国から招いた客人の前で恥をさらすことになるなんて、いい気味だわ）

　ノエラは極上の微笑みを浮かべながらリエルを見つめる。

（これはチャンスよ。誰が王太子妃にふさわしいか客人の前で披露してやるわ）

　ノエラはリエルに向かって指を差しながら、命令するようにわざとらしく声を張り上げた。

「まあっ！　このような醜態をさらすなんて！　あなたたち、早く片付けなさい。そして、そこのあなた。汚れたままでは失礼よ。着替えてきなさい！」

　高らかに響きわたるノエラの声。
　リエルはただ、冷めた目で彼女を見つめる。
　その背後でエマが不信感を示した。

「なんですか、あれは。まるで自分が妃になったような態度ですよ」

　その通りだ。彼女は今、妃になりきっているのだ。
　リエルは胸中で苦笑した。

（やってくれたわね、ノエラ）

　これでドレスに細工をした犯人がはっきりとわかった。
　ノエラは侍女長と企んで、この大事な客が訪れる日にリエルのドレスにはさみを入れ、それが原因で遅刻させるようにしたのだ。
　ノエラは代わりにアランのとなりで妃を演じるために、あれほど着飾ったのだろう。

　体裁を気にするアランは目の前の汚れたリエルが婚約者だと客人に言いたくはないはずだ。
　加えてノエラに惚れ込んでいるアランは彼女の味方をするに違いない。

　アランの性格まで把握した用意周到な計画だ。
　などとリエルは考えて、すみやかに礼をして立ち去ろうとした。

　すると、アランの背後から声がした。

「あれ？　誰かと思ったら君か」

　その声の主にリエルは驚き、目を見開いた。
　そこには正装した皇太子の姿があったが、面識のある人物だったから。

「……あなた、グレン？」