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仕組まれた罠③
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今日はアストレア帝国の皇太子が城を訪れる日で、アランとともに出迎える予定だ。
それなのに、この日に着るはずだったドレスが破れていたのだ。
エマが一昨日ドレスを確認したときはこんなことになっていなかったようだ。
不自然にはさみを入れられた痕跡を見たリエルは使用人の誰かのしわざだと気づいたが、今は犯人捜しをしている場合ではなかった。
代わりのドレスを用意し、急いで支度をしたものの、身につけるはずだった宝石もない。
最近盗みを働いた使用人が解雇されたばかりの状況で同じことをする者がいるとは考えにくい。
「申しわけございません、リエルさま。このような大事な日に」
「あなたのせいじゃないわ」
リエルは急いで代わりのドレスを着て、エマとともに部屋を出る。
(誰かが邪魔しようとしたのね)
だいたい想像はできるが今はそれどころではなく。
リエルは急いで皇太子を出迎えているだろうアランのところへ向かった。
しかし――。
バシャッとドレスに水がかかった。
突然のことで何が起こったのか一瞬わからなかったものの、目の前でからんとバケツが転がり、ドレスがじわじわ汚れていくのを見た。
「まあ、汚らしい。でもお似合いじゃない?」
「ほんとね。大嘘つきのニセ妃にはお似合いだわ」
床が水浸しの状態で、近くに使用人たちが数人立ってクスクス笑っている。
「な、なんということを……!」
エマが怒りの形相で抗議しようとしたが、リエルはすぐさま制止した。
(この格好で表に出るわけにはいかないわ。もう急ぐこともないわね)
諦めにも似た感情。しかし、このまま黙って去るつもりは毛頭ない。
リエルは冷静に呼吸を整えて、静かにゆっくりと使用人たちへ近づいていった。
笑っていた使用人たちは急に顔を強張らせる。
「こ、こっちに来るわ……!」
「な、何よ……私たちは本当のことを言っただけよ」
リエルはニセ妃と言った使用人に向かって手を振り上げ、勢いよく引っ叩いた。
叩かれた使用人は驚愕し、涙ぐんだ。
しかしリエルは強い口調で責め立てるように言い放つ。
「謝罪しなさい。私を侮辱したことを」
「ひっ……痛いわ! 口が切れちゃったわ!」
抗議するように睨みつける使用人に、リエルはさらに声を荒らげた。
「非礼を詫びなさい!」
すると、険しい顔をした侍女長が足早にやって来た。
まるで待機していたようなタイミングにリエルは眉をひそめる。
「なんとみっともないことでしょう。カーレン令嬢、下品な振る舞いはおよしなさい」
使用人たちはふたり同時に侍女長に泣きついた。
「侍女長さま、私たちはわざとじゃないのに、令嬢が暴力を振るったんです」
「あまりに横暴です!」
それに対してエマが怒りの表情で反論しようとするも、リエルは静かに制止した。
代わりに侍女長に冷静に告げる。
「理由はどうあれ私のドレスを汚したのです。まずは謝罪が先でしょう。ところがその者たちは謝罪はおろか、私に対する侮辱をおこなったので、それを注意したのです」
侍女長は表情を歪めてリエルを睨みつけた。
「婚約発表もまだなのに、まるで王太子妃のように偉そうな振る舞いをなさるのですね」
その言葉にリエルはぴくりと表情を強張らせた。
侍女長はまるで身分不相応だとでも言いたいのか、リエルを蔑むように見てさらに続ける。
「妃教育を受けたとは思えないほど品性が感じられませんね」
リエルは怒りよりも呆れてしまった。
(そう言えば私が落ち込んで黙ると思っているのかしら?)
回帰前のリエルなら侍女長の言葉にいちいち傷ついて落ち込み、何とか認めてもらおうと努力した。
だが、侍女長は端からリエルを妃として認めようなどと思っていなかったのだ。
頑張れば認めてくれるなんて甘い考えなど、この王宮では通用しなかった。
(今となってはどうでもいいわ)
リエルは嘆息し、ふたたび侍女長をまっすぐ見据え、強い口調で言い放った。
「そう思われるのであれば、それで結構よ」
「んなっ……!」
「着替えたいので失礼するわ」
「お待ちなさい!」
リエルがくるりと背中を向けると侍女長が怒鳴りつけた。
すると。
それなのに、この日に着るはずだったドレスが破れていたのだ。
エマが一昨日ドレスを確認したときはこんなことになっていなかったようだ。
不自然にはさみを入れられた痕跡を見たリエルは使用人の誰かのしわざだと気づいたが、今は犯人捜しをしている場合ではなかった。
代わりのドレスを用意し、急いで支度をしたものの、身につけるはずだった宝石もない。
最近盗みを働いた使用人が解雇されたばかりの状況で同じことをする者がいるとは考えにくい。
「申しわけございません、リエルさま。このような大事な日に」
「あなたのせいじゃないわ」
リエルは急いで代わりのドレスを着て、エマとともに部屋を出る。
(誰かが邪魔しようとしたのね)
だいたい想像はできるが今はそれどころではなく。
リエルは急いで皇太子を出迎えているだろうアランのところへ向かった。
しかし――。
バシャッとドレスに水がかかった。
突然のことで何が起こったのか一瞬わからなかったものの、目の前でからんとバケツが転がり、ドレスがじわじわ汚れていくのを見た。
「まあ、汚らしい。でもお似合いじゃない?」
「ほんとね。大嘘つきのニセ妃にはお似合いだわ」
床が水浸しの状態で、近くに使用人たちが数人立ってクスクス笑っている。
「な、なんということを……!」
エマが怒りの形相で抗議しようとしたが、リエルはすぐさま制止した。
(この格好で表に出るわけにはいかないわ。もう急ぐこともないわね)
諦めにも似た感情。しかし、このまま黙って去るつもりは毛頭ない。
リエルは冷静に呼吸を整えて、静かにゆっくりと使用人たちへ近づいていった。
笑っていた使用人たちは急に顔を強張らせる。
「こ、こっちに来るわ……!」
「な、何よ……私たちは本当のことを言っただけよ」
リエルはニセ妃と言った使用人に向かって手を振り上げ、勢いよく引っ叩いた。
叩かれた使用人は驚愕し、涙ぐんだ。
しかしリエルは強い口調で責め立てるように言い放つ。
「謝罪しなさい。私を侮辱したことを」
「ひっ……痛いわ! 口が切れちゃったわ!」
抗議するように睨みつける使用人に、リエルはさらに声を荒らげた。
「非礼を詫びなさい!」
すると、険しい顔をした侍女長が足早にやって来た。
まるで待機していたようなタイミングにリエルは眉をひそめる。
「なんとみっともないことでしょう。カーレン令嬢、下品な振る舞いはおよしなさい」
使用人たちはふたり同時に侍女長に泣きついた。
「侍女長さま、私たちはわざとじゃないのに、令嬢が暴力を振るったんです」
「あまりに横暴です!」
それに対してエマが怒りの表情で反論しようとするも、リエルは静かに制止した。
代わりに侍女長に冷静に告げる。
「理由はどうあれ私のドレスを汚したのです。まずは謝罪が先でしょう。ところがその者たちは謝罪はおろか、私に対する侮辱をおこなったので、それを注意したのです」
侍女長は表情を歪めてリエルを睨みつけた。
「婚約発表もまだなのに、まるで王太子妃のように偉そうな振る舞いをなさるのですね」
その言葉にリエルはぴくりと表情を強張らせた。
侍女長はまるで身分不相応だとでも言いたいのか、リエルを蔑むように見てさらに続ける。
「妃教育を受けたとは思えないほど品性が感じられませんね」
リエルは怒りよりも呆れてしまった。
(そう言えば私が落ち込んで黙ると思っているのかしら?)
回帰前のリエルなら侍女長の言葉にいちいち傷ついて落ち込み、何とか認めてもらおうと努力した。
だが、侍女長は端からリエルを妃として認めようなどと思っていなかったのだ。
頑張れば認めてくれるなんて甘い考えなど、この王宮では通用しなかった。
(今となってはどうでもいいわ)
リエルは嘆息し、ふたたび侍女長をまっすぐ見据え、強い口調で言い放った。
「そう思われるのであれば、それで結構よ」
「んなっ……!」
「着替えたいので失礼するわ」
「お待ちなさい!」
リエルがくるりと背中を向けると侍女長が怒鳴りつけた。
すると。
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