今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ

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王太子の偽善③

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 回帰前を思い出すと嫌な記憶しかない。
 特にアランは口先だけでいいことを言っておきながら行動しないのだ。
 
 のちに来る嵐のせいで食糧不足に陥ったときも、リエルは王太子妃として町へ出て人々のために動いたが、アランは視察に行くどころか愛人と過ごしていた。
 テーブルにご馳走を並べて、ほとんど口をつけず、アランに出された食事はほぼ捨てられた。
 それを見たリエルが町の様子を話して訴えるも、アランはリエルに任せると言って自分は愛人のところへ行ったのだ。

(化けの皮を剥がしたいけれど、今ではないわ)

 リエルはひと呼吸置いて自分を落ち着かせると、穏やかな口調で了承した。

「わかりました。殿下のご命令に従います」
「やっとわかったか」

 アランは安堵の表情でリエルを見下ろし、口もとに笑みを浮かべる。
 リエルは呆れるしかなかった。
 しかし、どうせすぐにアランの判断が間違いであると全員がわかる日が来る。
 リエルは何も言わずに待つことにした。


 そして後日。
 それほど日が経たないうちに事件は起こった。
 城内は少々ざわついていた。
 使用人たちは掃除の手を止めて廊下で立ち話をしている。
 リエルはその様子を柱の影でこっそり聞いていた。

「信じられないわ。あの子また盗みを働いたらしいわよ」
「今度は侍女の部屋から髪飾りや指輪を盗んだって話よ」
「殿下が寛大な心でお許しくださったのに裏切ったわけね」

 その一方で、臣下たちは犯人ではなくアランに対して不信感を募らせていた。

「殿下は少々甘いところがあるのではないか」
「国王陛下が病に伏せっている今、殿下だけが頼りだというのに大丈夫なのだろうか」

 アランの判断が間違っていた。
 城内では彼の悪口をひそひそささやく者たちもいた。

 リエルは黙ってその場を離れ、部屋へ戻る。しかし、途中でアランと遭遇してしまった。
 アランはばつの悪そうな顔をしている。これだけ城内で非難の声が上がっているのだから当然のこと。体裁が何より大事な彼は抗議の矛先をリエルに向けた。

「あの日、君はわざと俺を部屋へ連れていったのではないか?」

 アランの意味不明な言い分にリエルは驚いたが、言いわけをしても無駄なので何も言わない。するとアランはまるで確信しているかのように堂々と言い放つ。

「君はあの使用人を利用して俺に恥をかかせようとしたのだろう?」

 リエルは少々怒りがわいた。
 アランは自分の立場が不利になったからリエルに責任転嫁しているのだ。しかしこれは回帰前と変わらない。彼はいつもそうだった。

 リエルは彼を睨むように見据えた。
 今まではこのようなことがあるたびに必死でアランに誤解だと訴えていた。
 アランは弱いリエルが自分に頼ってくることに陶酔するタイプだ。

 まったく馬鹿げている。
 リエルはふっと笑みをこぼし、冷静に言い放つ。

「なぜ婚約者の私が夫となる殿下を恥さらしにしましょうか。夫の恥は妻の恥でございます」
「そうやって淑女を演じても化けの皮はすぐに剥がれるぞ」
「それはどうでしょうか」

 リエルは余裕の笑みを向けた。
 それに対するアランは焦りが顔に滲み出ている。

 言い返す言葉が見つからないのか、アランは突如話題を変えた。

「近々アストレア帝国の皇太子を招くことになっている」
「そうですか」

 リエルはあっさりと返事をした。
 アランは少し不機嫌な様子を見せながらも、平静を保ちながら続ける。

「我が国の今後に関わる大事な接待だ。君にとってはこの城で初めての仕事になる。失敗は許されないぞ」
「肝に銘じておきますわ」

 お互いに険悪な雰囲気のまま立ち去った。


 そんな中、アランは途中で侍女長とすれ違った。
 侍女長は青ざめた表情で慌ててアランに頭を下げた。
 アランの鬱憤の矛先は侍女長へ向けられた。

「侍女長、下の者たちの教育を徹底しろ。俺に恥をかかせるな」
「大変申しわけございません。厳しく指導してまいります」

 険しい表情で去っていくアランを、深く頭を下げたまま見送る侍女長。彼女はしばらく俯いたまま、歯を食いしばっていた。

「あの女が来てから王宮の規律が乱れている。覚えてなさいよ、カーレン令嬢」

 侍女長はきつく拳を握りしめ、その手は怒りに震えていた。


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