16 / 110
王太子の偽善③
しおりを挟む
回帰前を思い出すと嫌な記憶しかない。
特にアランは口先だけでいいことを言っておきながら行動しないのだ。
のちに来る嵐のせいで食糧不足に陥ったときも、リエルは王太子妃として町へ出て人々のために動いたが、アランは視察に行くどころか愛人と過ごしていた。
テーブルにご馳走を並べて、ほとんど口をつけず、アランに出された食事はほぼ捨てられた。
それを見たリエルが町の様子を話して訴えるも、アランはリエルに任せると言って自分は愛人のところへ行ったのだ。
(化けの皮を剥がしたいけれど、今ではないわ)
リエルはひと呼吸置いて自分を落ち着かせると、穏やかな口調で了承した。
「わかりました。殿下のご命令に従います」
「やっとわかったか」
アランは安堵の表情でリエルを見下ろし、口もとに笑みを浮かべる。
リエルは呆れるしかなかった。
しかし、どうせすぐにアランの判断が間違いであると全員がわかる日が来る。
リエルは何も言わずに待つことにした。
そして後日。
それほど日が経たないうちに事件は起こった。
城内は少々ざわついていた。
使用人たちは掃除の手を止めて廊下で立ち話をしている。
リエルはその様子を柱の影でこっそり聞いていた。
「信じられないわ。あの子また盗みを働いたらしいわよ」
「今度は侍女の部屋から髪飾りや指輪を盗んだって話よ」
「殿下が寛大な心でお許しくださったのに裏切ったわけね」
その一方で、臣下たちは犯人ではなくアランに対して不信感を募らせていた。
「殿下は少々甘いところがあるのではないか」
「国王陛下が病に伏せっている今、殿下だけが頼りだというのに大丈夫なのだろうか」
アランの判断が間違っていた。
城内では彼の悪口をひそひそささやく者たちもいた。
リエルは黙ってその場を離れ、部屋へ戻る。しかし、途中でアランと遭遇してしまった。
アランはばつの悪そうな顔をしている。これだけ城内で非難の声が上がっているのだから当然のこと。体裁が何より大事な彼は抗議の矛先をリエルに向けた。
「あの日、君はわざと俺を部屋へ連れていったのではないか?」
アランの意味不明な言い分にリエルは驚いたが、言いわけをしても無駄なので何も言わない。するとアランはまるで確信しているかのように堂々と言い放つ。
「君はあの使用人を利用して俺に恥をかかせようとしたのだろう?」
リエルは少々怒りがわいた。
アランは自分の立場が不利になったからリエルに責任転嫁しているのだ。しかしこれは回帰前と変わらない。彼はいつもそうだった。
リエルは彼を睨むように見据えた。
今まではこのようなことがあるたびに必死でアランに誤解だと訴えていた。
アランは弱いリエルが自分に頼ってくることに陶酔するタイプだ。
まったく馬鹿げている。
リエルはふっと笑みをこぼし、冷静に言い放つ。
「なぜ婚約者の私が夫となる殿下を恥さらしにしましょうか。夫の恥は妻の恥でございます」
「そうやって淑女を演じても化けの皮はすぐに剥がれるぞ」
「それはどうでしょうか」
リエルは余裕の笑みを向けた。
それに対するアランは焦りが顔に滲み出ている。
言い返す言葉が見つからないのか、アランは突如話題を変えた。
「近々アストレア帝国の皇太子を招くことになっている」
「そうですか」
リエルはあっさりと返事をした。
アランは少し不機嫌な様子を見せながらも、平静を保ちながら続ける。
「我が国の今後に関わる大事な接待だ。君にとってはこの城で初めての仕事になる。失敗は許されないぞ」
「肝に銘じておきますわ」
お互いに険悪な雰囲気のまま立ち去った。
そんな中、アランは途中で侍女長とすれ違った。
侍女長は青ざめた表情で慌ててアランに頭を下げた。
アランの鬱憤の矛先は侍女長へ向けられた。
「侍女長、下の者たちの教育を徹底しろ。俺に恥をかかせるな」
「大変申しわけございません。厳しく指導してまいります」
険しい表情で去っていくアランを、深く頭を下げたまま見送る侍女長。彼女はしばらく俯いたまま、歯を食いしばっていた。
「あの女が来てから王宮の規律が乱れている。覚えてなさいよ、カーレン令嬢」
侍女長はきつく拳を握りしめ、その手は怒りに震えていた。
特にアランは口先だけでいいことを言っておきながら行動しないのだ。
のちに来る嵐のせいで食糧不足に陥ったときも、リエルは王太子妃として町へ出て人々のために動いたが、アランは視察に行くどころか愛人と過ごしていた。
テーブルにご馳走を並べて、ほとんど口をつけず、アランに出された食事はほぼ捨てられた。
それを見たリエルが町の様子を話して訴えるも、アランはリエルに任せると言って自分は愛人のところへ行ったのだ。
(化けの皮を剥がしたいけれど、今ではないわ)
リエルはひと呼吸置いて自分を落ち着かせると、穏やかな口調で了承した。
「わかりました。殿下のご命令に従います」
「やっとわかったか」
アランは安堵の表情でリエルを見下ろし、口もとに笑みを浮かべる。
リエルは呆れるしかなかった。
しかし、どうせすぐにアランの判断が間違いであると全員がわかる日が来る。
リエルは何も言わずに待つことにした。
そして後日。
それほど日が経たないうちに事件は起こった。
城内は少々ざわついていた。
使用人たちは掃除の手を止めて廊下で立ち話をしている。
リエルはその様子を柱の影でこっそり聞いていた。
「信じられないわ。あの子また盗みを働いたらしいわよ」
「今度は侍女の部屋から髪飾りや指輪を盗んだって話よ」
「殿下が寛大な心でお許しくださったのに裏切ったわけね」
その一方で、臣下たちは犯人ではなくアランに対して不信感を募らせていた。
「殿下は少々甘いところがあるのではないか」
「国王陛下が病に伏せっている今、殿下だけが頼りだというのに大丈夫なのだろうか」
アランの判断が間違っていた。
城内では彼の悪口をひそひそささやく者たちもいた。
リエルは黙ってその場を離れ、部屋へ戻る。しかし、途中でアランと遭遇してしまった。
アランはばつの悪そうな顔をしている。これだけ城内で非難の声が上がっているのだから当然のこと。体裁が何より大事な彼は抗議の矛先をリエルに向けた。
「あの日、君はわざと俺を部屋へ連れていったのではないか?」
アランの意味不明な言い分にリエルは驚いたが、言いわけをしても無駄なので何も言わない。するとアランはまるで確信しているかのように堂々と言い放つ。
「君はあの使用人を利用して俺に恥をかかせようとしたのだろう?」
リエルは少々怒りがわいた。
アランは自分の立場が不利になったからリエルに責任転嫁しているのだ。しかしこれは回帰前と変わらない。彼はいつもそうだった。
リエルは彼を睨むように見据えた。
今まではこのようなことがあるたびに必死でアランに誤解だと訴えていた。
アランは弱いリエルが自分に頼ってくることに陶酔するタイプだ。
まったく馬鹿げている。
リエルはふっと笑みをこぼし、冷静に言い放つ。
「なぜ婚約者の私が夫となる殿下を恥さらしにしましょうか。夫の恥は妻の恥でございます」
「そうやって淑女を演じても化けの皮はすぐに剥がれるぞ」
「それはどうでしょうか」
リエルは余裕の笑みを向けた。
それに対するアランは焦りが顔に滲み出ている。
言い返す言葉が見つからないのか、アランは突如話題を変えた。
「近々アストレア帝国の皇太子を招くことになっている」
「そうですか」
リエルはあっさりと返事をした。
アランは少し不機嫌な様子を見せながらも、平静を保ちながら続ける。
「我が国の今後に関わる大事な接待だ。君にとってはこの城で初めての仕事になる。失敗は許されないぞ」
「肝に銘じておきますわ」
お互いに険悪な雰囲気のまま立ち去った。
そんな中、アランは途中で侍女長とすれ違った。
侍女長は青ざめた表情で慌ててアランに頭を下げた。
アランの鬱憤の矛先は侍女長へ向けられた。
「侍女長、下の者たちの教育を徹底しろ。俺に恥をかかせるな」
「大変申しわけございません。厳しく指導してまいります」
険しい表情で去っていくアランを、深く頭を下げたまま見送る侍女長。彼女はしばらく俯いたまま、歯を食いしばっていた。
「あの女が来てから王宮の規律が乱れている。覚えてなさいよ、カーレン令嬢」
侍女長はきつく拳を握りしめ、その手は怒りに震えていた。
2,439
お気に入りに追加
5,333
あなたにおすすめの小説

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】
皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」
お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。
初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。
好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。
******
・感想欄は完結してから開きます。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。
妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる