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悪女を演じてやりましょう

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 その後、侍女長はすぐにアランと接触した。
 事情を聞いたアランは驚き、表情を硬くする。

「何? リエルがそのようなことを?」
「はい。気に入らないからと私たちに八つ当たりをされるのでございます。何よりも王太子妃の立場を利用して私たちを脅すのです」

 侍女長はいかにも苦労している素振りを見せながら、アランに訴える。

「使用人たちはみな、恐れて仕事も手につかなくなっております」

 アランは腕を組み、渋い顔つきでうなずく。

「そうか。すぐにリエルと会おう」

 それを聞いた侍女長は頭を下げながらにやりと笑った。



 ふたたび用意された朝食は予想以上のものだった。ふわふわのパンと具入りのスープに、新鮮な野菜や果物が豊富に並ぶ。
 戻ってきたエマがさっそく不満をぶちまけた。

「本当にひどい目に遭いました。侍女長は私に使用人たちの洗濯をさせるんですよ。私はリエルさまの侍女なのに」

 エマの愚痴を聞きながら食事をしていると、突然何の前触れもなくアランが部屋へ飛び込んできた。
 リエルは身支度もしていない部屋着の状態で、とても王太子に会うような格好ではない。
 しかしアランはそんなことも気にせず、入ってくるなり厳しい口調でリエルを責めた。

「リエル。君の話を聞いたぞ。使用人たちに横暴な振る舞いをしたそうだな?」

 言い返せなかった侍女長がアランに直接訴えたのだとリエルはすぐにわかった。だが、冷静に対応する。

「殿下、私を訊ねて来られるときは前もって教えていただかなければ、こちらも準備がございます」
「婚約者の部屋に来るのに許可が必要なのか?」
「そうではありません。私は今、部屋着でございます。このような格好を殿下にさらすわけにはいかないのです」

 アランは表情を引きつらせた。

「話をそらすな。君は使用人たちに冷たくしているそうじゃないか」
「先にあちらから嫌がらせを受けたのです。だから立場をわからせてあげたまでです」

 あまりに冷静な態度のリエルに、ますますアランは苛立ったようだ。
 眉をひそめながら言う。

「君の言うことはいまいち信用できない」

 リエルはため息をついた。
 回帰前にもアランは同じことを言った。
 そのときリエルは彼に気に入られようと必死に何でも言うことを聞き、ご機嫌取りをしていたが。

(もうそんな必要はないわ)

「そうですか。そのように思われるなら、それで結構です」
「な、何!?」
「そろそろよろしいでしょうか? 食事中ですので」

 アランは今にも怒りが爆発しそうだったが、言い返す言葉が見つからないのか黙って立ち去ってしまった。
 アランの態度に驚いたエマがリエルにひっそりと言う。

「最初はお優しそうに見えましたが、少し違うみたいですね」
「演技よ」
「はい?」

 リエルは静かに紅茶を飲む。

(そう、みんな演技をしているの。私もアランも、そしてノエラもね)


 *


 宮殿の離れにある別邸のゲストルームには、ノエラのために豪華な部屋が与えられている。
 表向きは友人であるリエルを支えるためにアランが特別に許可して与えたとされている。
 だが実際には、アランとノエラの密会場所だった。
 ふたりはソファにとなり合って座り、ぴったりとくっついている。

「ノエラ、君の言うとおりだった。リエルは従順なふりをした問題児だ」

 それを聞いたノエラはにんまりと笑った。

(うふふ、こんなに上手くいくとは思わなかったわ)

 ノエラはにやける表情を抑え、あくまで友人を心配する態度でアランに接する。

「だから言ったではありませんか。あの子にはほとほと手を焼いてきましたの。だけど、リエルは昔からの親友ですもの。放っておけませんわ」
「君は心の優しい子だな」
「とんでもないですわ。あたくしはただリエルの友人として、彼女に王太子妃にふさわしい人間になってほしいだけですから」

 アランはノエラの背中に手をまわし、彼女をそっと抱きしめる。
 その腕の中で、ノエラはうるんだ瞳をアランに向けた。

 学院時代は優秀ゆえに周囲から注目を浴びるリエルのとなりで、ノエラはお飾りのようだった。それがノエラには許せなかった。
 どうにかしてリエルよりも優位に立ちたかったノエラは次第に嫉妬から怨みに変わっていった。

(ああ、リエル。あなたの苦痛に歪む顔が早く見たいわ)


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