7 / 110
新しい出会い②
しおりを挟むリエルは立ち上がり、カウンターテーブルにある酒の入った自身のコップを手に持った。
そして転びそうになったふりをして、思いきり料理人に向かって酒をぶっかけた。
料理人は驚き、粉末の袋を床に落としてぶちまけてしまう。
リエルはわざとらしく声を上げて、店内の客たちに聞こえるように言った。
「まあっ、大変だわ! ごめんなさい。手が滑ってしまったの!」
リエルは慌てるふりをしながらカウンターテーブルの向こうへ駆けていく。
おろおろと狼狽えるエマの背後では、グレンが目を見開いて驚きの表情で絶句している。
隅のテーブルから様子を見ていた眼鏡の男が「ちっ」と舌打ちするのを、リエルは見た。
そして、わざとらしく声を上げる。
「あらまあ、綺麗な白粉だこと!」
すると眼鏡の男たちが一斉に立ち上がり、店から逃げようとした。
しかし、すぐにグレンの取り巻きがずらりと取り囲む。
「おい、懐にしまった袋を出せ」
「ちっ、くそっ……!」
眼鏡の男は殴りかかろうとしたが、グレンの仲間に返り討ちにされ、ぱたりと倒れた。その際、眼鏡は吹っ飛んだ。
「麻薬だ。治安隊に連絡するんだ」
袋を手にしたグレンの仲間が叫ぶと店内が大騒ぎになった。
逃げようとする客たちとそれを取り押さえようとするグレンの仲間たち。
そんな中、グレンはリエルに声をかけた。
「君、わざとやっただろ?」
リエルは真顔で彼を見つめていたが、やがてにっこりと微笑みに変わった。
「まあ、何のことかしら?」
とりあえず、すっとぼけてみたが、グレンには通用しないようだ。
彼は苦笑している。というかドン引きしているようだが、リエルはまったく気にしない。
「肝が据わっているどころじゃない。とんでもない女だ」
「あら、それは褒め言葉かしらね」
さらりと返すリエルに対し、表情が引きつるグレン。
リエルはにっこりと微笑んだまま、エマに声をかけた。
「帰るわよ」
「は、はい。お嬢さま」
エマはぺこりとグレンにお辞儀をして、リエルと一緒に店を出ていく。
グレンはしばらくリエルの背中を見つめていた。
グレンの仲間のひとりがこそっと耳打ちする。
「殿下、とんでもないものが見つかりました」
「何だ?」
「実は毒が……」
グレンはカウンターテーブルの向こうにぶちまけられた粉を指ですくって匂いを嗅いだ。そして、眉をひそめる。
「麻薬に似ていますが、これは遅効性の毒。これがスープに入れられていたら、ここにいた客はほとんど死亡していたかもしれません」
グレンは神妙な面持ちのあと、ふっと笑いを洩らした。
そして立ち上がり、店の入口を見て、もういないリエルの面影を浮かべる。
「本当に、面白い女だ」
グレンが被っていたフードを脱ぐと、しゃらんっと金の耳飾りが揺れた。
1,930
お気に入りに追加
5,333
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる