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新しい出会い①

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 頭からすっぽりフードを被った人物が、男の腕をがっちりと掴んでいた。

「は? な、何だ貴様?」

 狼狽える男に向かってフードを被った人物は淡々と返答する。

「女性に手を上げるのはいただけないなあ」
「貴様っ……!」

 だが次の瞬間、歯向かおうとした男はその人物に腕を捻り上げられ、床に叩き伏せられた。
 あまりにも素早い動きにリエルもエマも呆然としている。

「す、すまん! 悪かった! 許して!」

 男が許しを請うとフードの人物は呆れ声を出した。

「俺に言うなよ。そちらのお嬢さんに謝れ」
「悪かった。もうしない!」

 男がリエルを見て謝罪をすると、フードの人物は男を解放し、軽い口調で命令した。

「じゃ、目障りだから出ていって」
「く、くそっ……!」

 男は逃げるように店を飛び出す。
 フードの人物が目配せすると、周囲にいた数人が男を追いかけていった。

「お嬢さま、よかったですう!」

 泣きそうな顔で抱きついてきたエマを、リエルは優しく受けとめる。
 同時に、視線の向こうに立つ人物をじっと見つめた。

 フードで隠しているが、わずかに見える金髪と翠眼すいがんは高貴な印象をいだかせる。
 只者ではないだろう。

 フードの人物はリエルの視線に気づいたのか、にっこりと微笑んだ。

「君、動じないんだね。普通は怖がるものだけど」

 男の声だが口調は穏やかだ。
 よく見るとその顔もかなり美しい。
 いわゆる美青年イケメンである。

 エマが目をキラキラさせるも、リエルはまったく動じることなく冷めた口調で返答した。

「あの男が私を殴ればさすがに大騒ぎになるでしょ?」
「へえ、面白い。なかなか肝が据わっているな」
「助けてくれてありがとう。じゃあ、これで」

 リエルがくるりと背を向けると、彼が近づいてひっそり声をかけてきた。

「そんな格好をしてもわかるよ。君は貴族の令嬢だ。本来こんなところにいる人間じゃない」

 くるりと振り返ったリエルは男を睨むように見る。

「あなたもそうでしょ。高貴なオーラは隠せないわよ」
「一緒に食事でもどう?」

 リエルは眉をひそめる。

「結構よ。あなたこそ、先ほどの男に説教できないわね。名乗りもせず女を食事に誘うなんて」
「失礼。グレンだ」
「家門は?」
「それは勘弁してくれ」
「話にならないわ」

 男が女をデートに誘うにはまず名前と家門を名乗るのは常識だ。
 リエルは呆れ顔で男から離れた。

 リエルとエマはカウンターテーブルに座る。
 その向こうはキッチンへ続いていて、少しばかり店側から見えている。
 そこには大鍋でスープを作る料理人が見えた。

 一方、リエルから少し離れた席にグレンが座った。
 リエルが料理人をじっと見ている横で、エマがそわそわしている。

「あの男の人、ずっとこっちを見てますよ」
「無視すればいいわ」

 エマがちらりと目を向けるとグレンがにっこり笑った。

「か、かっこいい」

 ときめくエマをよそに、リエルはずっとキッチンの様子をうかがっている。
 そこへ料理人がひょっこり店に出てきて、ひとりの客から粉末の入った袋を受けとった。

(なるほど、麻薬入りスープね。それなら繁盛するはずよ)



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