上 下
3 / 110

夫と親友の裏切り③

しおりを挟む
 貴族学院時代にともに学んだノエラ。
 いつも一緒にいた彼女はふんわりと優しい笑顔にあふれていた。
 気さくで男子たちに大変人気で、勉強だけが取り柄で人と接するのが苦手なリエルはうらやましく思ったものだ。
 そして、尊敬もしていた。

 ノエラはリエルの悩みをよく聞いてくれた。
 リエルが王宮へ嫁いだあとは、伯爵の父とともに王宮へよく会いに来てくれた。
 最近は窮屈な王宮暮らしに悩むリエルのために、ずっと王宮に留まってくれていたほどだ。
 
 今まで見ていたノエラは誰もが清楚で可憐だと思うほど美しかった。
 可愛らしい天使のような顔の彼女。

 それが、今は悪魔のような顔をしている。

(まさか……まさか……まさか!)

 優しいノエラの記憶がいくつかよみがえる。

(あの優しさはすべて演技だったの!?)

 リエルはショックを受けると同時に視界が途切れた。
 薄れゆく意識の中でアランとノエラの声だけが聞こえてくる。

「こんなことになって殿下が気の毒ですわ」

 ノエラの甘ったるい声がやけに耳を刺激する。

「これからはあたくしが支えになりますから」

 それに対するアランの答えも、リエルにとっては衝撃だった。

「やはり君は心の美しい人だ」

「そんな……あたくしは当たり前のことをしたまで。今までリエルを支えてきたつもりでしたけど、彼女の悪事を見抜けなかったあたくしの責任でもありますわ」
「ノエラ、君こそが王太子妃にふさわしい」

 お互いに見つめ合うアランとノエラ。
 これまでリエルは想像もしていなかった。
 自分の夫と親友が、深い仲であったことを。

(これは何の茶番? 私が一体何をしたというの?)


 リエルはふたりに何も発言することもできず、そのまま意識が薄れていく。
 目の前の光景が歪んでいき、やがて真っ白の世界が広がった。

 何も、なかった。
 先ほどまでの痛みも感じなかった。
 不快な思いも薄れていく。
 これが死というものなのかと、リエルは不思議な感覚に囚われていた。

「リエル、リエル……」

 遠くでよく知った女性の声がした。
 なつかしくて、その声を聞くだけで涙が出そうになる。

「お母さま?」

 リエルが10歳のときには母は病気で亡くなった。
 母との思い出は数少ない。
 母は絵本を読んでくれたり、一緒に庭を散歩したり、眠れないときは一緒に寝てくれた。
 わずかな思い出。だからこそ、あまりに貴重でリエルの記憶には深く刻まれてる。
 母が亡くなった日、リエルは彼女のベッドで大泣きした。

(迎えに来てくれたのね)

 母と一緒なら今までの苦しみも悲しみも、すべて忘れられる。
 リエルは微笑んで母に手を伸ばした。

 しかし、母はリエルの手を拒絶した。

「戻りなさい、リエル。あなたの人生はまだ終わっていないわ」
「え?」
「後悔のないように」

 それだけ言って、母はふたたびリエルの目の前から姿を消した。

「お母さまああぁっ!」

 手を伸ばして叫んでみたが、目の前にはただ真っ白な空間があるだけだった。

 ふたたび意識を失って目が覚めたとき、リエルはベッドの中にいた。
 ゆっくり視線を周囲に向けてみるとよく知った光景が広がっていた。
 しかし、それが不自然に感じられる。
 なぜなら、ここが結婚前の自分の部屋だったからだ。

 リエルはハッとして身体を起こし、自分の胸に手を当てた。

「……私、刺されたはずなのに」

 ずきりと胸が痛む。
 記憶を辿るとあまりに鮮明に思い出す。
 自分の胸に剣を突きつけたのは愛していた夫のアランだった。

 窓へ目をやるとカーテン越しに光が差していた。

「私……生きてるわ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛していたのに処刑されました。今度は関わりません。

かずきりり
恋愛
「アマリア・レガス伯爵令嬢!其方を王族に毒をもったとして処刑とする!」 いきなりの冤罪を突き立てられ、私の愛していた婚約者は、別の女性と一緒に居る。 貴族としての政略結婚だとしても、私は愛していた。 けれど、貴方は……別の女性といつも居た。 処刑されたと思ったら、何故か時間が巻き戻っている。 ならば……諦める。 前とは違う人生を送って、貴方を好きだという気持ちをも……。 ……そう簡単に、消えないけれど。 --------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...