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夫と親友の裏切り②

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 思い返しても、リエルに心当たりがあるのは侍女たちからの嫌がらせだ。

 食事のときに熱いスープ皿を膝の上に落とされたことがある。
 湯浴みでは髪を無理やり引っぱられたり、ドレスに針が刺さっていたこともある。
 靴の中に油が塗られていたり、ベッドの中に虫の死骸があったり、カビの生えたパンを出されたり、スープの中に腹を下す薬を入れられたりした。

 発熱で寝込んだリエルに冷たい水をぶっかけた使用人もいる。
 それほどの嫌がらせを受けても、リエルは耐えた。

 なぜなら、アランに相談しても「勘違いだ」と言って相手にしてくれなかったからだ。
 しかし今は全力で否定しなければならない。
 リエルは訴え出た。

「それは違います。侍女たちが私に嫌がらせを……」
「すべて他人のせいか。性根が腐っているな。同情の余地もない」

 アランの言葉にリエルは信じられないというような顔をした。
 すべて濡れ衣である。

 リエルは重い鎖を引きずって、アランに近づき、訴える。

「お願いです。信じてください。殿下はずっと私を信頼してくださっていたではありませんか」
「寄るな! この悪女め!」

 アランは思いきり足を振り上げて、リエルを蹴り飛ばした。

 リエルは背後の衛兵たちにぶつかり、床に崩れ落ちた。
 衛兵のひとりがリエルの髪を引っ掴み、無理やり顔を上げさせる。
 リエルの視線の先にはアランの激怒する顔があった。

「今までよくも俺を騙してくれたな。不貞だけでなく気に入らない相手を暗殺など、お前は王太子妃としてこの国の恥だ!」

 リエルはどきりとした。
 不貞などしていない。しかし、なぜかそのような事態に陥ってしまったのだ。

 それは異国のパーティにアランと出席したときのこと。
 パーティ会場で酒を飲んだあと気持ち悪くなり、気づいたらベッドの上にいた。しかも数人の男たちも一緒にだ。
 そして、偶然それをアランに目撃されてしまった。

「殿下……あれは私の意思ではありません……殿下以外の殿方とそのようなことは……」

 涙目で訴えるも、アランはさらに感情を高ぶらせた。

「まだ言うか! 俺だけじゃない。あの場にいた者たち全員が実際に目にしたことだ」
「ううっ、殿下……お許しを」

 言いわけなどできない。現実に起こったことだから。

 リエルが泣きながら身体を起こすと怒りで我を忘れたアランに再び蹴りつけられた。
 さらに剣を突きつけられる。

「王太子妃は病死したと民に伝える。処刑台へ送らないだけでもありがたいと思え。こうして誰にも知られることなく死ねるのだからな」

 あまりにも冷たい口調だった。
 リエルは力を振り絞ってアランに訴える。

「うっ……お願い、です……信じて、ください……殿下」
「黙れ。自分で仕出かしたことだ。潔く死を受け入れるがいい」
「……殿下!」

 リエルが身体を起こすと同時に、胸に衝撃があった。
 アランの剣がリエルの胸を貫いたのだった。

 ごぼっと血を吐くリエル。
 一瞬自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

 床にべしゃりと倒れたリエルのまわりは瞬く間に血だまりになった。
 おぞましい光景の中、意識が薄れていくリエルのそばで、ノエラが泣き叫んだ。

「ああ、リエル! どうしてこんなことになってしまったの?」
「ごほっ……ノ、エラ……」
「あなたのことを信じていたのに! こんな結末ってないわ!」

 ノエラが悲しんでくれている。痛みを感じてくれて泣いてくれる。
 リエルはそんなふうに思ったが。

 ぼやけた視界にあったのは、にんまりと笑うノエラの顔だった。 

「え……ノエ、ラ……?」

 なぜ笑っているのか、リエルには理解できない。
 それともこれは幻覚だろうか。
 意識が薄れる中、ノエラの言葉が妙に鮮明に聞こえた。

「あなたが重罪を犯したとしても、あたしは一生あなたのことを忘れないわ」

 ノエラはたしかに泣いている。
 だが、リエルにだけ見えるように、笑っているのだ。
 驚愕のあまり目を見開くリエルのそばで、ノエラがささやくように言った。

「大丈夫よ。安心して。あたしがあなたの代わりになってあげる」

 どくんっと鼓動が鳴る。
 ぎょろりとした目で口角を上げるノエラの表情は、普段の可愛らしさの欠片もない。

「今までありがとう。あたしの親友リエル。これで、あたしが未来の王妃よ」

 リエルを冷たく見下ろしながら笑みを浮かべるノエラの顔は、まるで悪魔のようだ。

(どういうこと? どうしてノエラが?)

 リエルはもう、声を出すことができなかった。


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