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59、皇帝と妃の最初の出会い
しおりを挟むヴァルクがまだ若い頃、護衛とはぐれて深い森の中で5日間彷徨った。
食糧はなかったが、川の水を飲んで凌いでいた。
ようやく見つけた古い建物には多くの民が押し寄せていた。
自分よりボロの衣服を身につけて、裸足で痩せこけた人々が、配給のスープをもらっているところだった。
その匂いにつられて彼がふらふらと向かっていくと、食事を提供していた大人たちが驚き、そして、空になった鍋を見てため息をついた。
「まだ子どもがいたのか」
「ああ、スープは全部配ってしまった」
ヴァルクはよだれを垂らしながら涙が出そうになった。
目の前に食べ物があるのに食べられない。
今までの人生でこんなことは初めてだった。
ヴァルクは声を殺して泣いた。
それを見ていた大人たちは何とか誰かのスープを分けてあげようと話し合った。
そこに、ひとりの少女が現れた。
それがイレーナだった。
彼女はスープを持った人たちに叫んだ。
「待って! まだ食べちゃだめ!」
イレーナは空っぽの皿を持って、スープを持つ人たちのところへ向かった。
そして、スプーンで全員のスープをひと口ずつ皿にすくっていったのである。
20人くらいの皿からひと口ずつ移すと、ひとり分のスープが出来上がった。
イレーナはそれをヴァルクに差し出した。
「はい、あなたの分よ」
ヴァルクにはイレーナが女神のように見えた。
スープに具は入っていなかった。
それでも空腹を満たすには十分な量だった。
ヴァルクはそれを受けとり、スプーンですくって口に入れた。
久しぶりに口の中に広がる味に感動し、涙を流しながら夢中でスープを飲んだ。
「美味い……こんな美味いもの、食べたことない」
「そうでしょ。だってお母さまのスープは最高に美味しいのよ。みんな大好きなんだから」
「ここの人たちは毎日このスープが食べられるのか?」
「ううん、普段は芋や硬いパンを食べているの。だから、たまには美味しいものが食べたいでしょう」
「え? 芋……? 硬いパン?」
ヴァルクは周囲を見わたした。
他の者たちも嬉しそうにスープを口にしている。
その光景を見ると不思議な気持ちになった。
彼にとって食事は毎日、朝から豪勢なものが用意されている生活が当たり前で、好みではない料理は食べなかった。
好きなものをいつでも作ってもらえて、お菓子も好きな時間に好きなだけ食べられる。
しかし、民にとってそれは当たり前ではなかったのだ。
「この国は戦争ばかりしてるの。武器にお金をかけて民にまでお金がまわってこないの。民はみんなご飯が食べられずに死んでいくの」
ヴァルクはイレーナの言葉を聞きながら複雑な気持ちになった。
父は戦の話はたくさんしてくれたが、民の暮らしについてはまったく教えてくれなかった。
「この国の王さまはね、自分のことが一番なの。だけど、このままじゃみんな死んでしまうわ。人がいなくなったら国は成り立たないってお父さまが言っていたもの。賢い王さまなら民のことを大切にするはずよ」
ヴァルクはイレーナを見つめてぼそりと呟く。
「賢い王さま……」
ヴァルクは急に自分のことが恥ずかしくなった。
皇城で家庭教師をつけて勉強に励み、剣の稽古をして強くなり、父から戦の仕方や政務について教わり、将来は立派な皇帝になるだろうと思っていたが。
(何も知らなかった。飢えがこんなに苦しいことも、民が食事さえできないことも、具のないスープがこんなに美味しいことも)
イレーナは大人たちと一緒に民たちに声をかけていた。
怪我をしているものは手当てをしてもらい、具合の悪い者には薬が与えられていた。
ヴァルクはその光景を見てひとり拳を握りしめた。
(賢い皇帝になろう。そして、いつか……)
イレーナのことは忘れられなかった。
無事に保護されたあと、ヴァルクはイレーナたちの前からひっそりと姿を消した。
他国の皇族であることがバレるわけにはいかなかったからだ。
それから数年かけて、ヴァルクはイレーナのことを突きとめた。
カザル公国の姫君だった。
(彼女を妃に迎えたい)
すでに正妃がいたし、イレーナは敗戦国の同盟国の娘だ。
周囲の反対は凄まじかったが、ヴァルクはイレーナを全力で守るつもりで妃に迎えたのだった。
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