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56、妻の世話がしたい皇帝陛下
しおりを挟む「陛下! いけません、そんな……陛下にそのようなことを……」
侍女のリアは慌てふためき、イレーナの部屋は少々騒がしかった。
しかし、彼はまったく聞く耳を持たない。
「セシルアの王子は妻が風邪を引いたときにこのようにすると言っていたぞ」
「し、しかし……妃さまのお食事のお世話は私たち使用人の仕事でございます」
「俺がそうしたいと言っているんだ。これは皇帝命令だ」
「はぁ……仕方がありませんね」
リアは根負けした。
ヴァルクは嬉々としてミルク粥の器を持ち、スプーンですくってイレーナの口もとに持っていく。
「ほら、食って体力をつけるがよい」
「あの、自分で食べられますから」
「こういうときは夫の言うことを聞くものだ。ほら、あーん」
「うっ……」
イレーナは羞恥のあまり真っ赤になってヴァルクの持つスプーンを口に含んだ。
セシルア王国の王子は新妻にべた惚れで、毎日ふたりで一緒にいるらしい。
そして、このあいだ妻が風邪で倒れた際に、夫である王子が自ら妻にミルク粥を食べさせていたらしい。
ヴァルクはセシルアの王子に負けないくらいイレーナをベタベタに甘やかしたくてたまらなかった。
イレーナはそれに渋々付き合うことにしたのだ。
「陛下、そろそろ政務にお戻りいただかなければなりません」
侍従のテリーは困惑していた。
あれからヴァルクはイレーナに付きっきりだったから仕事が山ほど溜まっているのだ。
「くっ……誰か俺の身代わりがいないのか? そうすれば俺は四六時中ここにいられるというのに」
呆れたイレーナはヴァルクに進言することにした。
「私の世話をしてくれる者は多くいますが、陛下の代わりはおりません。ご心配なく政務にお戻りください」
それを聞いたヴァルクは悔しそうな顔をしたが、肩を落としてため息をついた。
「仕方がないな。だが、仕事を終わらせたらすぐにここへ来るぞ」
「お待ちしておりますわ」
侍従のテリーはにこにこしながらヴァルクと一緒にイレーナの部屋を出ていった。
リアは力が抜けたように深いため息をつく。
「心配しすぎなのよ。もうほとんど回復しているし、これくらいなら日常生活に戻ってもいいくらいよ」
「いいえ、いけません。陛下はイレーナさまが完全に元通りになるまでベッドで安静にと申しております。そのことについては私たちも同意見です。イレーナさまの傷は思ったより深いと医師が申しておりましたから」
リアにまでそう言われたらイレーナは返す言葉もない。
イレーナの傷は治癒師も苦労するほど酷かった。
治癒師はイレーナがショック死をしなかったことに驚いていたし、完全に治すことは不可能だと告げた。
ヴァルクの怒りは相当なものだったが、イレーナが何とかなだめた。
その代わりにヴァルクはイレーナにべったりになってしまった。
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