人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

文字の大きさ
上 下
54 / 66

54、解決したようです

しおりを挟む

「くっそお……侯爵め、詰めが甘いんだ」

 黒ローブ姿の男はこっそり城を抜け出そうとしていた。
 侯爵が失敗することはある程度予想していたが、あまりにも簡単に捕まってしまった。
 予定では傭兵団が城内に押し入っているはずだったが、そちらも見る影はない。
 あの騎士団長も役立たずだったわけだ。


「まあ、いい。あいつがどうなろうが知ったことではない」

 石壁づたいにこそこそしながら、衛兵の目を盗んで裏の庭園を一気に走り抜けるはずだった。
 突如、目の前に現れたのは騎士団長。
 彼は平静を保ったまま、こちらを見て突っ立っている。


「お前、何をしていたんだ! きっちり与えられた仕事をやれよ!」

 騎士団長は黙ったまま微動だにしない。

「へんっ! 侯爵に協力する代わりに正妃と関係を持つとは、あんたもやることがエグイよなあ?」


 男がそう言った瞬間、騎士団長は動いた。
 それも目にも留まらぬ速さで、彼は男の首に剣を突きつけていた。
 剣先がわずかに首の皮に刺さり、たらりと血が滴る。


「おまっ、何を……」
「下品なことを申すな。これ以上は、貴様の首を飛ばすぞ」
「何言ってんだ? お前が首を飛ばす相手は皇帝だろう?」

 男がそう言うと、返答があったのは騎士団長ではなく、その背後からだった。


「ほう、そうか。なるほど。俺の首を取りたいやつがここにもいたのか」
「ひっ……! へ、陛下……なぜ?」

 驚愕する男に向かってヴァルクはにやりと笑った。


「お前は確か薬草師であり錬金術師ではないか? 怪しげな薬を持っていたな。すべて回収させてもらった」

 ヴァルクが大きな袋を広げると、赤紫や青緑や黄色など極彩色の薬の容器が現れた。

「な、なぜ……」

 狼狽えながら言葉を濁す男に向かってヴァルクが笑いながら告げる。

「なぜ処分したはずの薬がここにあるのか、と言いたいのか? それはアンジェの侍女がすべて持っていた」
「あの女……!」


 男はアンジェがイレーナに毒を盛る勇気などないことを悟っていた。
 だから、アンジェの侍女に命令していたのだ。
「お前の慕っているアンジェのため」だと言えば侍女は簡単に引き受けた。
 そのあとは侍女を犯人にして口封じをするつもりだったが、すべて無駄になったようだ。

 逃げ出そうとした男に剣を突きつけたのは騎士団長だ。
 男は驚き、じろりと彼を睨みつける。


「裏切者め!」
「ああ、そうだ。最初から俺は裏切者だからな」

 騎士団長の皮肉に対し、男は何も返すことができなかった。
 結局、騎士団長は皇帝を裏切ったと見せかけて、侯爵側を裏切ったのだから。


 薬草師で錬金術師の男は衛兵に連れられて地下牢へ連れていかれた。
 その場に残ったヴァルクは騎士団長に話しかける。

「見事な演技だったな。スベイリー侯爵はすっかりお前に騙されたようだ」
「お褒めいただき光栄に存じます」

 騎士団長は深々と頭を下げるも、ちらりとヴァルクに目線をやる。


「ですが、私が本当に陛下を裏切るとはお思いにならなかったのですか?」

 それに対し、ヴァルクは背中を向けて静かに告げた。

「俺には人質がいる。お前は俺を裏切ることはできない」


 それを聞いた騎士団長は顔に怒りを滲ませる。
 ヴァルクの言う人質とはアンジェのことなのだと悟ったからだ。
 しかし、彼は黙ったままだった。
 すると、ヴァルクは突如話題を変えた。


「南のほうに小国だが自然が豊かで民も穏やかな国がある。お前に無期限でそこに駐在してもらうつもりだ」
「……左遷ですか」

 ヴァルクは振り返って満面の笑みを浮かべた。


「子を育てるには実に環境がよいと聞いているぞ」
「……はい?」

 騎士団長は首を傾げるも、ヴァルクはそれ以上言わなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...