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54、解決したようです
しおりを挟む「くっそお……侯爵め、詰めが甘いんだ」
黒ローブ姿の男はこっそり城を抜け出そうとしていた。
侯爵が失敗することはある程度予想していたが、あまりにも簡単に捕まってしまった。
予定では傭兵団が城内に押し入っているはずだったが、そちらも見る影はない。
あの騎士団長も役立たずだったわけだ。
「まあ、いい。あいつがどうなろうが知ったことではない」
石壁づたいにこそこそしながら、衛兵の目を盗んで裏の庭園を一気に走り抜けるはずだった。
突如、目の前に現れたのは騎士団長。
彼は平静を保ったまま、こちらを見て突っ立っている。
「お前、何をしていたんだ! きっちり与えられた仕事をやれよ!」
騎士団長は黙ったまま微動だにしない。
「へんっ! 侯爵に協力する代わりに正妃と関係を持つとは、あんたもやることがエグイよなあ?」
男がそう言った瞬間、騎士団長は動いた。
それも目にも留まらぬ速さで、彼は男の首に剣を突きつけていた。
剣先がわずかに首の皮に刺さり、たらりと血が滴る。
「おまっ、何を……」
「下品なことを申すな。これ以上は、貴様の首を飛ばすぞ」
「何言ってんだ? お前が首を飛ばす相手は皇帝だろう?」
男がそう言うと、返答があったのは騎士団長ではなく、その背後からだった。
「ほう、そうか。なるほど。俺の首を取りたいやつがここにもいたのか」
「ひっ……! へ、陛下……なぜ?」
驚愕する男に向かってヴァルクはにやりと笑った。
「お前は確か薬草師であり錬金術師ではないか? 怪しげな薬を持っていたな。すべて回収させてもらった」
ヴァルクが大きな袋を広げると、赤紫や青緑や黄色など極彩色の薬の容器が現れた。
「な、なぜ……」
狼狽えながら言葉を濁す男に向かってヴァルクが笑いながら告げる。
「なぜ処分したはずの薬がここにあるのか、と言いたいのか? それはアンジェの侍女がすべて持っていた」
「あの女……!」
男はアンジェがイレーナに毒を盛る勇気などないことを悟っていた。
だから、アンジェの侍女に命令していたのだ。
「お前の慕っているアンジェのため」だと言えば侍女は簡単に引き受けた。
そのあとは侍女を犯人にして口封じをするつもりだったが、すべて無駄になったようだ。
逃げ出そうとした男に剣を突きつけたのは騎士団長だ。
男は驚き、じろりと彼を睨みつける。
「裏切者め!」
「ああ、そうだ。最初から俺は裏切者だからな」
騎士団長の皮肉に対し、男は何も返すことができなかった。
結局、騎士団長は皇帝を裏切ったと見せかけて、侯爵側を裏切ったのだから。
薬草師で錬金術師の男は衛兵に連れられて地下牢へ連れていかれた。
その場に残ったヴァルクは騎士団長に話しかける。
「見事な演技だったな。スベイリー侯爵はすっかりお前に騙されたようだ」
「お褒めいただき光栄に存じます」
騎士団長は深々と頭を下げるも、ちらりとヴァルクに目線をやる。
「ですが、私が本当に陛下を裏切るとはお思いにならなかったのですか?」
それに対し、ヴァルクは背中を向けて静かに告げた。
「俺には人質がいる。お前は俺を裏切ることはできない」
それを聞いた騎士団長は顔に怒りを滲ませる。
ヴァルクの言う人質とはアンジェのことなのだと悟ったからだ。
しかし、彼は黙ったままだった。
すると、ヴァルクは突如話題を変えた。
「南のほうに小国だが自然が豊かで民も穏やかな国がある。お前に無期限でそこに駐在してもらうつもりだ」
「……左遷ですか」
ヴァルクは振り返って満面の笑みを浮かべた。
「子を育てるには実に環境がよいと聞いているぞ」
「……はい?」
騎士団長は首を傾げるも、ヴァルクはそれ以上言わなかった。
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