人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

文字の大きさ
上 下
47 / 66

47、私は勘違いしていたんだわ

しおりを挟む

 イレーナは混乱して頭が上手くまわらなくなっている。
 ただわかるのは、この場を収めるために自分が口をつぐむことだけ。
 イレーナが黙り込んでしまったので、アンジェはふっと笑みを浮かべた。
 その目はまるで汚いものでも見ているかのように蔑んでいる。


「妃がふたりいる意味をご存じ?」
「はい。アンジェさまは陛下の一番の妃であり、陛下とともに政務や外交をおこなう立場のお方です。そして、私は跡継ぎのためだけの妃に過ぎません」

 アンジェの求めている答えを言ったつもりだったが、彼女はさらに険しい表情になった。


「勘違いしないでちょうだい。あなたは子を産むだけよ。子が皇太子になったとしても、あなたはただの乳母に過ぎないわ。なぜなら、わたくしが母になるのですからね」

 わかっている。
 よその国では子を産んだ妃とその一族が権力を握ることになるので、血生臭い後継者争いが勃発する。
 お互いにあらゆる汚い手を使って相手の子を暗殺するのだ。


 この国では妃はおろか侍女が仮に皇帝の子を産んだとしても、その子どもは正妃の子となる。
 アンジェは絶対的な皇帝の妻であり、その立場は決して揺るがないのである。

 イレーナはいわば、アンジェが子を産めないときの身代わりに過ぎない。
 側妃の立場はあまりにも低い。


(アンジェさまの言うとおり、私は少し勘違いしていたんだわ)


 あまりにもヴァルクが優しく接してくれるから、彼と過ごす時間が楽しくて幸せだったから、イレーナはヴァルクと本物の夫婦だと心のどこかで期待してしまっていた。

 すべては幻だ。
 アンジェが目を覚まさせてくれた。


「今はわたくしとあなたで真逆の立場になっていることは理解できるわよね?」
「……わかります。ですから、今後は発言に気をつけたいと思います」

 愚かなことを言ったとイレーナは反省した。
 正妃のような発言は今後、決して口にしてはいけない。


(やだ……泣きそう)


 イレーナは町で過ごしたヴァルクとの時間を思い出し、感情が敏感になっている。
 しかし、ここで泣いてしまってはアンジェを悪者にしてしまう。
 アンジェはこの国における正しい発言をしただけなのだから。


「ありがとうございます、アンジェさま。自惚れていた私に助言をしてくださって」

 イレーナが笑顔で礼を言うと、アンジェは驚いた表情で固まった。

 まさか礼を言われるとは思っていなかったのだろう。
 アンジェは怪訝な表情で訊ねる。


「あなた正気? わたくしはあなたのドレスを汚したのよ」
「戻ってすぐに洗濯しますから。私はシミの落とし方をよく知っているんです」
「シミの落とし方? あなた、何を言っているの?」


 アンジェが呆気にとられているので、イレーナは少し心が軽くなった。
 もう彼女は怒っていないようだ。


「アンジェさま、私は何も望みません。妃になったのも皇帝の命を受けたからです。それ以外に理由などありません。ですから、私はこの城で地位や権力を欲することは決してありません」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

処理中です...