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36、本当に、噂なんて嘘ばかりね
しおりを挟む司祭の表情がわずかに緩む。
怒りに満ちていた雰囲気が、少し和らいだのをイレーナは悟った。
この機会を逃すかとばかりにヴァルクが突然、寄付金額の提案をしてきた。
「帝国側はこの村の再建のために10億ドルガ用意しよう」
「んなっ……!」
司祭は口をあんぐり開けて絶句した。
それもそのはず、それだけの財があれば学校や病院が建てられるし、図書館や劇場などの娯楽施設も建設できる。
(お金が大好きな司祭さまに明確な金額を提示する。たしかに説得力があるわね)
ヴァルクは子どもたちの話を利用したのだろう。
扉の向こうで子どもたちが驚きながらお互いにひそひそ話している。
司祭は「ぐぬうっ」と唸り声を発し、しばし考え込んでいたが、やがて顔を上げてヴァルクに訊ねた。
「このことを、皇帝は許しているのか?」
「皇帝自らの望みだ」
「その言葉は真実であろうな? 我々の先祖には帝国側に騙された者たちも多い」
「新しい皇帝は嘘が嫌いだ」
司祭は渋い顔つきでヴァルクに疑いの目を向ける。
ヴァルクは明るい表情でしっかり司祭を見つめている。
(どうやら流れを掴んだようね)
しかし、司祭はそう簡単には納得しない。
彼はなおも疑いの目をヴァルクに向けている。
「そちらにとって何かメリットがあるはずだ。そうでなければ、いくら子どものためとは言え、善意だけでその額を出せるはずがない」
ヴァルクは表情変えず、笑みを浮かべたまま素直に返す。
「ご名答。この村は実質、無法地帯。豊かな町にする代わりに帝国騎士の詰所を置かせてもらう」
「なっ……それでは帝国に跪けと言っているようなもん……」
「悪いようにはせん。帝国のものになれ」
「このやろーっ!」
怒気を含んだ睨みを利かせる司祭に対し、余裕の笑みを浮かべるヴァルク。
だが、イレーナは頭を抱えた。
(この人はオブラートに包むことができないのかしら)
しかし、イレーナにはヴァルクの思惑がわかる。
ただでさえ周辺国は敵だらけなのだ。
味方はひとつでも多くあっていいし、そもそも国内に敵がいるという状況にヴァルクが耐えられないのだろう。
今までの皇帝はただ戦争をしていればいいという考えだったので、教会のことなど眼中になかった。
しかし、ヴァルクはどうやら違うようだ。
(本当に、噂なんて嘘ばかりね)
ヴァルクは冷酷非道でも何でもなく、ただこの国を立て直し、正常へ導こうとしているだけ。
しかし、あまりに率直で不器用なので、相手に真意が伝わらないのである。
(さて、どうしようかしら?)
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