人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

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35、妃として交渉いたします

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「今さら何だ? 帝国側おまえたちは100年近く我々を放置していたのだぞ!」
「だからこうして出向いたわけだ。これから仲良くしようぜって」
「ふざけるな! 我々の恨みはそう簡単に払拭できるものではない!」
「100年も経てば人も変わる。もちろん皇帝もな」


 イレーナはハラハラしている。
 ヴァルクは本当に戦だけに長けて生きてきたのだろう。
 交渉力があまりないようだ。
 これでは相手を納得させることはできないだろう。


「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 イレーナが口を挟むとヴァルクはにやりと笑って「いいぞ」と言った。

「勝手ですが、私は諸事情により家門を明かすことはできません」


(さすがに妃とは言えないわ)


 ヴァルクも皇族とは言ったが皇帝とは言っていない。

「私は異国から嫁いでまいりました。ゆえにこの国の状況をよく知りません。ですが、祖国や近隣国でもここと同じような村をいくらでも知っています」

 司祭はふんっと鼻を鳴らし、顔を背けた。
 イレーナは冷静に続ける。


「帝国とそちらの事情もよく知らないで生意気なことを申しますことをお許しください。しかし、どの国の子どもたちも皆、平等に未来を生きる権利があります。そこに大人の都合を押しつけるのはあまりに身勝手なことでございます」

 司祭は「このっ!」と怒りを露わにしたが、イレーナはすぐに続けた。


「何も今すぐ帝国と仲良くしろとは言いません。子どもたちが生きるための協定を結ぶのです」
「何を言っているのだ? この娘は」
「お聞きください。この村はとても人がまともに暮らせる状態ではありません。わずかな寄付で持ちこたえていても、おそらくこれ以上はもたないでしょう。どうぞ帝国の力をお借りください」
「それ以上言うな! この偽善者め!」

 司祭は自分の茶をイレーナに向かってぶっかけた。

 幸い冷めていたので、衣服が濡れるだけで済んだ。
 ヴァルクが何か言おうとしたが、イレーナは目で合図して制止する。


「あなたは我が国の新しい皇帝についてどれくらい知っておいでですか?」
「知るか! 己の欲で戦争ばかり起こして貧しい大人たちを次々戦場へ送り、どんどん孤児を増やしている。その結果がこの状況だ!」

 部屋の扉が少し開いていて、そこから子どもたちがこっそり覗いているのを、イレーナは横目で見て気づいた。
 少し呼吸を整えて、言葉をゆっくり選びながら話す。


「新しい皇帝は民の心を深く知ります。あなたも一度お会いになれば、考えも変わるかと存じます」
「ふんっ、会いたくもないわ!」
「では、私が皇帝と司祭さまの橋渡し役となるのはいかがでしょうか?」

 司祭は眉をひそめ、イレーナを睨み据える。
 となりでヴァルクは黙ったままだ。


「あなたが帝国を嫌うのは理解します。長きにわたる確執はそう簡単に解消することはできないでしょう。ですが私は、教会側の事情ではなく、あなたの心を信じたいと思うのです」

 司祭はイレーナを見つめたまま、わずかに首を傾げる。


「だって、あなたは、帝国側で親を失った子どもたちを、受け入れて育ててくださっているのですから」



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