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33、じじい(皇帝)とおばさん(妃)by子ども視点

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 けれど、イレーナは何か引っかかるのだ。
 初夜の日のヴァルクはイレーナを見ていきなり投げ飛ばしたし、結構酷い扱いをしていた。
 とても初めて過ごす妃への対応ではなかった。
 それがヴァルクの性格と言えばそうなのだが、あれはまるで家族や親しい者、たとえば幼馴染や昔からの友人に対する態度のような気もする。


(具のないスープ……)


 イレーナの母はよく自国や近隣の国で貧しい人たちのためにスープやパンを配っていた。
 もしかしたら、母が幼少のヴァルクと会っていたのではないか。
 その可能性は十分にある。
 しかし、イレーナとは接点がない。


「どうした? ぼうっとして」
「いいえ。何でもありませんわ」

 イレーナは慌てて笑顔を向けた。
 今考えても仕方のないことだと思った。


 向かった先は帝国を敵視する教会。
 その昔、皇帝との意見が合わなくなり独立したという話がある。
 それ以来、同じ国なのに敵同士といういびつな関係である。

「ずいぶん古いな」
「ええ。長いあいだ補修されていないようですね」


 教会はかなり老朽化が進んでおり、今にも崩れそうだった。
 孤児院が併設されており、子どもが遊びまわっている。
 そのうちの数人がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

「ねえ、おばさん。お菓子ちょうだい」
「えっ!?」


 イレーナは絶句した。
 小さな男の子と女の子がさらに続ける。

「おばさん、綺麗な服着てるね。町の人でしょ?」
「どうしたの? おばさん。顔が変だよ」

 イレーナは小さな怒りの気持ちを抑えながら、どうにか笑顔を向ける。


(落ち着いて。相手は子どもよ。そう、子どもからすれば私はおばさんよ。ええ、おばさんでいいわよ)


 背後でヴァルクが声を殺して笑っているのをイレーナは察した。

 大人げないと思いつつも、おばさん呼ばわりされてただ嘲笑するヴァルクに対し、イレーナはふといたずら心が芽生えた。

「ねえ、あっちにおじさんもいるわよ。おじさんはいいものを持っているかもしれないわよ」

 イレーナが指さすと子どもたちの興味はそちらへ向いた。


「あ、じじい!」
「じじいだ。じじい。お菓子ちょうだい」

 ヴァルクは真顔でつかつか近寄り、子どもたちを威嚇するように見下ろした。

「誰がじじいだ? コラァ」
「ひいっ! じじいが怒った」

 子どもたちはすばやくイレーナの背後に隠れる。
 イレーナはふっと鼻で笑ってヴァルクを見据えた。


「子ども相手に大人げないですよ」
「うるせえ。ほらっ」

 ヴァルクが残りのビスケットを差し出すと、子どもたちは奪い合いになった。
 それを見ると、ここでもほとんど食べ物を与えられていないのだろうとイレーナは思った。


「おい、お前たちの主人と話したい。どこにいる?」

 ヴァルクが訊ねると子どもたちは「あっち」と教会の裏の建物を指さした。
 そこも老朽化の激しい煉瓦造りの建物だった。


「先生はお金をくれる人なら大歓迎だよ!」
「そうそう。先生はお金が大好きなのよ!」

 それを聞いたイレーナは複雑な心境になった。


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