上 下
31 / 66

31、とても皇帝とは思えないわ(いい意味で)

しおりを挟む

 しばらく町を歩いていると、少し景色に変化があった。
 中央市場のあたりは賑やかだが、このあたりは静かだ。
 建物も古く、みすぼらしい服装をした者が行き交う。
 貴族であれば当然足を踏み入れる場所ではないだろう。
 しかし、ヴァルクは平然と歩いている。
 それも無言だ。
 気まずくなったイレーナはヴァルクに声をかけた。


「そういえば、陛……ヴァルさまは先ほどの食べ物にまったく抵抗がなかったのですね?」
「ん? ああ、戦場ではあのように野営で肉を焼いて食うからな」
「そうなんですか」
「それに……平民の格好も初めてではない」
「え?」

 ヴァルクは立ち止まり、なぜかイレーナと向かい合う。
 その視線はやけに鋭く、つい先ほどまでふざけていたのが不思議なくらいだ。


「あの、ヴァルさま……」
「子どもの頃、異国の地で迷子になったことがある」
「は、はあ……」

 急に幼少の頃の話を始めたので、イレーナは戸惑った。
 だが、ヴァルクはそのまま続ける。


「護衛と離れてひとりで森の中をさまよった。腹が減って死にそうになっていたとき、美味そうな匂いがしてつられて行ったら、古い食堂があってな」
「……はい」
「そこは食糧が不足していてすでに他の者たちに分け与える分しかなかった。だが、店の者は俺に食べ物を分けてくれた」

 イレーナはじっとヴァルクの話に耳を傾ける。


「具のないスープだったが、美味かった。あれからどんな豪勢な料理を食べても、あの味には勝てない。おそらく生涯あのような食事にはありつけないだろう」

 ヴァルクは口もとに笑みを浮かべながら、なつかしそうに話す。
 その姿を見たら、イレーナは胸の奥が熱くなった。
 彼はそういった過去があるからこそ、平民に対してもあのような接し方ができるのかもしれない。


「それはきっとヴァルさまがお腹をすかせていたから、余計に美味しく感じたのかもしれませんね」
「それもあるが、何より店の者たちの対応がよかった。俺のような見ず知らずの者に親切にしてくれた。あの出来事は一生忘れないだろうな」
「そんなふうに思われて、その者たちが知ったらとても喜ぶでしょうね。けれど、その者たちからすれば、当たり前のことをしただけなのかもしれません」

 ヴァルクはじっとイレーナを見つめる。
 イレーナはきょとんとして首を傾げる。


「どうかしましたか? もしかして私は何かまずいことでも……」
「いや、何でもないさ」

 ヴァルクはふっと意味ありげに笑った。
 イレーナはさらに不可解だったが、ヴァルクが笑顔なのでほっと安堵した。


(先ほどのことで気を悪くしているかと思ったけど、大丈夫みたいだわ)


 あまり綺麗ではない店の串焼きを頬張って美味いと言う。
 とても皇帝とは思えない振る舞いだが、本当に国を治める者が知るべきことを、彼は心得ている。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...