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18、この国、滅びないかしら?

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 イレーナはハンカチで口もとを拭いて、背筋を伸ばす。


(こうなったらもうヤケだ!)


 イレーナは冷静に真面目な顔で堂々と訊いてみることにした。 

「つまり騎士団長さまとは最高の相性ということでよろしいでしょうか?」


(うわ、何言ってるの? 私、死にたいの?)


 心臓がバクバクうるさいが、動揺しないように真顔でアンジェを見据えるイレーナ。
 するとアンジェは笑みを浮かべたまま冷静に返答した。

「そのとおりよ」

 イレーナは目を見開いてアンジェを凝視した。


(背後に断頭台が見えるわ……)


 それでも、イレーナはもう一歩踏み込む。

「つまり、陛下は騎士団長より劣るということでしょうか?」
「口に出さないほうがいいわよ。殺されるわよ」


 イレーナはさーっと血の気が引いた。
 それもそうだ。
 自分の妻がもっとも信頼のおける臣下に手を出されているだけでなく、暗に下手くそだと言われているようなものなのだ。

 自分が皇帝なら即刻抹殺したいと思うだろう。


 だが、これで皇帝の正妃不倫疑惑は確定した。
 実は否定してほしかったという淡い希望を抱いていたが、脆く粉々に崩れてしまった。
 イレーナは不安に思っていることを訊ねる。


「危険ではありませんか? あのような場所で、もし陛下に知られでもしたら……」
「もし知られても、陛下はわたくしを殺すことなどできないわ。わたくしを正妃から降ろすことさえ、できないわね」


 イレーナはその意味を考える。
 貴族派の中でもっとも権力を持つスベイリー侯爵を父に持つアンジェ。
 彼女は皇帝と自身の父とのあいだにある確執のいわば緩衝材の役割。
 アンジェが殺されたり、妃から引きずり降ろされようものなら、侯爵は好機とばかりに皇帝に反旗を翻すだろう。

 おそらくは皇帝も侯爵もアンジェも、お互いの腹の内を探りながら弱点を見つけ出そうとしているはずだ。
 何かのきっかけで簡単に内戦は始まってしまう。


(本来、不貞は皇帝の意を背く行為なのにね)


 それを理由に妃に罰を与えられそうなものだが、おそらくそれもヴァルクは手出しできないだろう。
 いくさが終わったばかりで疲弊した騎士たちに、すぐ内戦で戦えといっても無理なことは戦にけた皇帝が一番よくわかっているはず。


(様子見ってことね)


 イレーナは静かに紅茶を飲んだ。
 そして、もっとも気になることを訊ねる。
 
「それでもしご懐妊されたりしたら、どうなさるおつもりですか?」


 問題はそこだ。
 正妃が皇帝以外の子を身籠ったら、さすがにそれは大問題になる。
 アンジェは笑顔で答える。


「マタギ草の薬を飲んでいるわ」
「え? あの不味い薬を?」
「あら、あなたも飲んでいるのね?」
「え、えっと……まあ」
「ふふっ、陛下のお気に召したようね」
「さ、さあ……どうでしょうか」


 イレーナはもごもご濁すようにして、紅茶を飲んだ。

 それにしても、とイレーナは思う。
 皇帝は遊びたいからと避妊し、正妃は別の男と不倫中。


(この国、滅びないかしら?)



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