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12、逃げたところで私の生きられる場所などありません

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 側妃であるイレーナの仕事はほぼない。
 本来ならば皇帝の子を産むという重大な仕事があるはずだが、ただいま避妊中。

「退屈だわ」


 毎夜皇帝の相手をしては疲れて昼過ぎまで寝てしまうという日々が続いていたものの、それもひと月が経てばすっかり慣れた。
 ほとんど部屋にこもりきりの暮らしはやはり、退屈で仕方ない。
 しかし勝手に歩きまわるなと言われているし、世話をしてくれる侍女が常にそばにいる。
 まるで監視されているようだ。


「イレーナさま、本日はお庭を散歩されますか?」

 侍女のリアは一昨日と同じことを言う。つまり昨日は散歩をしなかったのだ。
 毎日これの繰り返しである。


「それも飽きたのよね……針仕事とか、そういうのないかしら?」
「とんでもないことです! 妃さまにそのようなことをさせたら私たちが陛下に殺されてしまいます」
「そうよね……」

 イレーナは落胆のため息をもらす。


 公国にいた頃は貧しかったのもあって、自分で裁縫をすることもあったし、キッチンでパンを焼いたりすることもあった。
 こっそり城を抜け出して平民の店で仕事バイトをしたこともある。
 ここにいると何もしなくていい。だが、何もしないのがこれほど苦痛だとは思わなかった。

 
「本でも読みたいわ。この城には図書館くらいあるでしょう?」
「ございますけど、陛下のお許しを得なければなりません」

 イレーナとて、何度もお願いしようとした。
 しかし初夜以降、ろくに話もさせてくれないのである。
 
 よく考えたら自分は人質同然なのだ。
 毎夜、皇帝と夜をともにしていても、決して愛されているわけではない。
 あれは遊びなのだから。


「図書館に行きたい?」

 その夜、思いきってヴァルクに願い出たら、予想どおり怪訝な顔をされた。

「はい。私はずっと部屋にいるばかりで息が詰まってしまいます」
「庭でも散策していろ」
「それも飽きてしまいます」
「わがままだな」
「うっ……」


 そう言われたら反論できなくなる。
 妃という立場を与えられてはいるが、ただの人質。皇帝の道具にすぎない。
 イレーナががっくりして肩を落とすと、ヴァルクがぐいっと抱き寄せた。
 そして彼はイレーナの髪を撫でながらにやりと笑う。


「そんなに本が読みたいのか?」
「はい。大好きなのです」
「そうか、わかった。では、護衛を3人つける。侍女も連れていけ」
「ええっ? ここはお城ですよね? そんなに警護は必要ですか?」
「当たり前だ。お前を監視するために必要だろう」
「ああ……そう、ですか」


 皇帝の目から一瞬たりとも逃れらないということだ。
 それでも読書中に邪魔されることはないだろう。
 部屋にこもるよりはずっとマシだ。


「逃げるなよ」
「逃げたところで私の生きられる場所などありません」
「ああ、そうだな。お前は俺のそばにいないと生きていけない」


 ヴァルクはイレーナの髪をさらさらと撫でながらキスをする。
 まるで愛されているような行為だ。


(勘違いしちゃだめよ……!)



 
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